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マゾヒズム文学の世界

谷崎潤一郎・沼正三を中心にマゾヒズム文学の世界を紹介します。

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谷崎潤一郎全集全作品ミニレビュー 第八巻

谷崎潤一郎全集の全作品につき、ミニレビューをつけてご紹介しています。
使用している全集は、中央公論社昭和五十六年初版発行のものです。

マゾヒストにとって特に性的な刺激の強い作品については、チャートを設け、①スクビズム(下への願望)、②トリオリズム(三者関係)、③アルビニズム(白人崇拝)の三大要素につき、3点満点で、どれだけ刺激が強いかを表示します。また、その作品にどのような嗜好のマゾヒズムが登場するのかを、「属性」として表示します。

三大要素についてはこちらをご参照ください。



愛すればこそ
初出:大正十年十二月号「改造」、大正十一年一月号「中央公論」(続稿原題「堕落」)
形式:戯曲
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
橋本家
ワ゛イオレツト・カフエエ
山田の家
登場人物
橋本澄子
山田
三好數馬
澄子の母:牧子
澄子の兄:圭之助
秀子
刑事

スクビズム☆☆☆
トリオリズム★☆☆
アルビニズム☆☆☆
属性恋人が第三者の男性に隷属し陵辱される(トリオリズムM第二形式)


1967年に「堕落する女」と改題され映画化された衝撃的な戯曲。
トリオリストの文豪である谷崎ですが、恋慕の対象となっている女性が第三者の男性に隷属し陵辱されることを悦ぶトリオリズムM第二形式に該当するめずらしい作品です。
名家の令嬢である澄子は芸術家志望の不良青年山田に夢中になり、周囲の反対を押し切って結婚し、日常的に暴力を振るう山田に精神的に隷属し、売春を強要されます。
澄子を一途に慕う三好數馬は澄子を救おうとしますが、澄子は山田の命令で數馬にも体を売り、それを山田から澄子の心を奪ったと勘違いした數馬(=善)に山田(=悪)が真相を告げ、悪が善に完全勝利します。
「愛情の一方通行」のせつなさ、惨めさが味わい深い作品。


或る罪の動機
初出:大正十一年一月号「改造」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正期)
登場人物
博士
書生:中村
F探偵

犯罪小説。
恩人である博士を殺害した書生の動機の告白。
自分を善人だと思い込んでいる人間に対する憎悪が表明されており、白樺派を中心に大正時代をリードしたヒューマニズム文学に対するアンチテーゼの一つ。


奇怪な記録
初出:大正十一年一月号‐二月号「現代」
形式:短編小説(未完)
時代設定:現代
舞台設定
大傳馬町前の停留所(現在の中央区日本橋大伝馬町)
尾張町(現在の中央区銀座五丁目、六丁目付近)
登場人物
私(村上彌吉)
娘(光代)
伯母

未完に終わったミステリー。


蛇性の婬
初出:大正十一年二月号-四月号「鈴の音」
形式:映画台本
時代設定:平安時代あたり
舞台設定
紀伊の國三輪が崎(現在の和歌山県新宮市)
大和の國初瀬寺近く(現在の奈良県桜井市)
登場人物
あがたの眞女兒まなご
豊雄
眞女兒まなごの侍女
豊雄の妻:富子
富子の父
法海和尚
鞍馬寺の法師
當麻酒人たぎまのきびと

トーマス栗原こと栗原喜三郎が大正活映で監督した大正十年製作・公開映画の台本。
原作は上田秋成の「雨月物語」の一篇。


青い花
初出:大正十一年三月号「改造」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
尾張町(現在の中央区銀座五丁目、六丁目付近)
新橋駅
横浜山下町
登場人物
岡田
阿具里あぐり

スクビズム★☆☆
トリオリズム☆☆☆
アルビニズム☆☆☆
属性財布奴隷、幼*児退行


明らかに当時の谷崎の愛人で義妹のせい子を思わせる西洋風の少女・あぐりと買い物デートを楽しむだけのあっけない短編。
しかしその中に谷崎とせい子の関係がどのようなものであったかをうかがわせる記述がちりばめられています。

新しい、軽い衣裳を彼女に着けさせ、所謂いわゆる紅巾の沓を穿かせて、可愛い小鳥のように仕立てゝ、楽しい隠れ家を求めるべく汽車に載せて連れて行く。青々とした、見晴らしのいゝ海邊の突端のヱ゛ランダでもよし、木々の若葉がぎらぎらとガラス戸越しに眺められる温泉地の一室でもよし、又はちょいと気の付かない外國人町の幽暗なホテルでもいゝ。そこで遊びが始まるのだ、自分が始終夢に見て居る――たゞそのめにのみ生きて居る――面白い遊びが始まるのだ。……その時彼女は豹の如くに横はる、……くび飾と耳環を附けた豹の如くに横はる、……子供の時から飼い馴らした、主人の物好きをよく呑み込んだ豹ではあるが、その精悍と敏捷とは屢々しばしば主人を辟易さす。じゃれる、引ツ掻く、打つ、跳び上がる、……果てはずたずたに喰ひ裂いて骨の髄までしゃぶらうとする、……あゝその遊び!考えたゞけでも彼の魂はエクスタシーに惹き込まれる。彼は覺えず興奮の餘り身ぶるいする。


谷崎がせい子と出会ったのはせい子が十三歳のときです。
「子供の時から飼い馴らした、主人の物好きをよく呑み込んだ」せい子は相当に幼い頃から温泉旅館やホテルなど様々な「隠れ家」で「面白い遊び」を行い谷崎のマゾヒスティックな願望をかなえていたことがうかがえます。
あぐりにとって岡田は「財布」にすぎません。
このあたりも谷崎とせい子の関係の反映でしょう。

此の男は馬鹿々々しいほどあたしの愛に溺れて居たから、あたしが今ポツケツトからその金を出し、好きな物を買ひ好きな男と浮気をしても、あたしを恨む譯はないから、――あぐりは自分に云ひ譯しながら、ポツケツトから金を取り出す。たとひ化けて出て来たにしろ此の男なら恐ろしくはない、幽霊になつてもきつとあたしの云ふ事を聴くだらう。あたしの思ふ通りになるだらう。……
「(略)そら御覧、(と、そのスカートを捲くつて見せて)お前の好きな私の脚、――此の素晴らしい足を御覧、(略)あたしはまるで天使のやうに立派ぢゃなくつて?」


このように谷崎はあくまでも現実の女でもって願望をかなえ、その体験を作品にした究極の「実践派」です。
しかし、その崇拝の対象が「現実の女」なのかというと、それはこの時期の作品で繰り返し否定されています。
本作も短いながら以下の重要な記述があります。

彼はあぐりを愛しているのか?さう聞かれたら岡田は勿論「さうだ」と答える。が、あぐりと云うものを考える時、彼の頭の中は恰も手品師が好んで使ふ舞臺面のやうな、眞ツ黒な天鵞絨びろうどとばりを垂らした暗室となる。――そしてその暗室の中央に、裸體の女の大理石の像が立つて居る。その「女」が果たしてあぐりであるかどうかは分からないけれども、彼はそれをあぐりであると考へる。少なくとも、彼が愛して居るあぐりはその「女」でなければならない。――頭の中のその彫像でなければならない、――それが此の世に動き出して生きて居るのがあぐりである。


キプロス王ピュグマリオンが女神アフロディーテを似せて作った象牙の彫像に恋い焦がれ、アフロディーテがそれを憐れんで彫像を「此の世に動き出して生きて居る」ガラテイアにした。
ピュグマリオンはガラテイアを愛するが、その向こうには美のイデアたるアフロディーテがいる。
谷崎の愛した現実の美女は常にガラテイアであって、「此の世に動き出して生きて居る」偶像、人形であり、美のイデアの模倣にすぎません。
これをドミナとマゾヒストという人格と人格の恋愛物語としてとらえることは、谷崎自身が拒んでいるのです。
Jean-Léon_Gérôme,_Pygmalion_and_Galatea,_ca_1890
ジャン=レオン・ジェローム「ピグマリオンとガラテア」


永遠の偶像
初出:大正十一年三月号「新潮」
形式:戯曲
時代設定:現代(大正期)
舞台:植村のアトリエ(東京、田端あたり)
登場人物
植村一雄
一雄の弟:次郎
光子
光子の妹:八重子
渡邊
光子の姉・渡邊の妾:お絹

スクビズム★☆☆
トリオリズム☆☆☆
アルビニズム☆☆☆
属性調教、足


長女:お絹、次女:光子、三女:八重子の美女三姉妹がそれぞれ相場師の渡邊、芸術家の植村、植村の弟の次郎を夢中にさせ、嬲り、弄びます。
お絹と光子が「調教談義」に華を咲かせるくだりは何度読んでもゾクゾクします。

光子 さうよ、植村だつて私が可愛くつて仕様がないのよ、其のくらゐなら、絶対的に服従すればいゝんだけれど、……
お絹 あのくらゐ服従させてれば澤山ぢゃないか、光ちゃんの前ぢゃまるで頭が上がらないんだから、(略)
光子 姉さんだってさうぢゃないの、何を云はれたツて渡邊さんは小さくなって居るぢゃないの。さう云つちゃ悪いけれど、あの道楽者のおやぢをよくあれまでに仕込んだもんだ、姉さんの腕はえらいもんだつて、植村が感心していたわ。
お絹 ふん、さうかい、さう云ってたかい、――お前さんも追ひ追ひ仕込んでおやりよ。
光子 そりゃ私だつてちゃんと考へてるわ、もう大分仕込んでやつたの。


十五六歳の少年である次郎の、十四五歳の美少女である八重子に対する純粋な恋は、「恋を知る頃」の伸太郎を思わせます。
女学校を辞めて女優を目指し、家事を碌に手伝わず、花札が好きなませた八重子はやはり少女時代のせい子がモデルになっています。


彼女の夫
初出:大正十一年四月号「中央公論」
形式:戯曲
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
東京
登場人物
黒田
黒田の妻:小夜子
瓜子
高村賛吉
河合

スクビズム★☆☆
トリオリズム★★☆
アルビニズム☆☆☆
属性財布奴隷、第三者とのデート代を支払わされる、年下カップルに愚弄される

夫の体を案じ一途に尽くす妻の小夜子には暴行を含む虐待を働き、美しい不良少女の瓜子の言うなりになるという、この時期の谷崎の私生活の状況をそのまま反映した作品群の一つですが、黒田が世話をしている若い作家:高村賛吉と瓜子が半ば公然と交際し、黒田を「財布」にしているシチュエーションがトリオリストとしてはたまらないです。

瓜子が黒田のデスクの上に腰かけて椅子に腰かけている黒田との物理的スクビズム関係をつくり、金時計を取り上げて、黒田には金作のために仕事を仕上げるように命じて高村とデートに出かける(おいてけぼりにする)ラストシーンが本当に美しいです。
瓜子 高村さんも音楽會へ行くつて云つて居たんだから、さうなれば私誘つて行くわ。――さあ、ぐづぐづしないで出して頂戴よ、(手を差し伸べる)ね、好い兒好い兒、ほんとうに好い兒、
(黒田、黙つて時計を彼女に渡す。)




お國と五平
初出:大正十一年六月号「中央公論」
形式:戯曲
時代設定:江戸時代
舞台設定
野州那須野が原(栃木県大田原市あたり)
登場人物
お國
五平
池田友之丞

スクビズム☆☆☆
トリオリズム★☆☆
アルビニズム☆☆☆
属性カップルに殺される

お國の夫:伊織を殺害し逃亡した池田友之丞に対する復讐を期して伊織の家臣の五平とお國が全国を旅するうち恋仲になり、ついに友之丞に復讐を果たして結ばれます。
しかしよく考えると五平がお國と結ばれることは伊織に対する不忠です。
不忠を犯しておきながら忠義を大義にして友之丞を誅殺するのは矛盾しています。
友之丞がその点を指摘すると、五平はそれを認めつつ、自己の利益のために友之丞を殺します。
人妻を慕って夫を殺した露骨な悪人の友之丞に、忠義を装って自らの幸せのために友之丞を殺す真の悪人(偽善者)である五平が勝利する。
やはり真の勝者は「悪」です。

さて、友之丞は広島から逃亡し、お國と五平はそれを追って旅に出るのですが、実は友之丞はお國を慕うあまり誅殺される危険を承知で虚無僧に変装して逆に二人を追っていきます。
自分の命を狙っているカップルをストーキングする旅路、一人だけど一人じゃないせつない旅路、トリオリストなら憧れますよね。


本牧夜話
初出:大正十一年七月号「改造」
形式:戯曲
時代設定:現代(大正期)
舞台設定:横浜本牧海岸
登場人物
初子(ミセス・ローワン)
初子の夫:セシル・ローワン
ジャネット
フレデリツキ
彌生(初子の異父妹)
アレキシフ

スクビズム★☆☆
トリオリズム★☆☆
アルビニズム★★★
属性白人崇拝、カップルの家事奴隷

大正十年九月、谷崎は小田原から外国人が多く住んでいた横浜市本牧宮原に転居し、憧れであった西洋的な生活を始めます。
ここで谷崎の西洋崇拝、白人崇拝は爆発し、この時期数多くの白人崇拝作品を生んでいます。
本作はその本牧を舞台にした戯曲。
ハーフの白人男性の妻となった卑屈な日本人の初子と、金髪碧眼の白人美女ジャネットとの対比が、非常に美しい作品。
初子のジャネットを象徴とする純粋白人を仰ぎ見る心地の表現が生々しい。

――ほんとにまあ、西洋人と云ふ者はどうしてあんなに奇麗なのかしら?色が抜けるように白くつて、姿がよくつて、――私なんか耻ずかしくて側へも寄れやしない。
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スーザン・ピーターズ


谷崎の西洋崇拝が人間の価値は外見の美醜によって決まるという「美尊醜卑」の価値基準に基づく当然の帰結であることがわかります。
初子は夫が自分を捨ててジャネットと結ばれた場合には女中として白人カップルに仕えることを望みます。

捨てられたら私、外に行く所はないんだしするから、臺所の隅にでも置いて貰つて、コツクにでもアマさんにでも使つて貰ふからいゝ。私なんぞにゃ其の方が相當してゐるんだから。


本作の中で人物たちは外見の美醜を主な基準にしたヒエラルキーを形成しています。
頂点にいるのはジャネット、次がハーフの美青年でニューヨークの富豪の息子であるセシル、次が不良ハーフのフレデリツキ、次が醜いハーフの彌生、次が純粋な日本人の初子、最下層が孤独な老人のアレキシフです。
恋愛感情はヒエラルキーの下から上にしか向かいません。
セシルとフレデリツキはジャネットを慕い、彌生はフレデリツキにまとわりつき、初子は一途にセシルに尽くし、アレキシフは初子に思いを寄せます。
終盤、彌生が濃硫酸をジャネットの顔にかけようとして、結局セシルと初子の顔にかかるという事件が起こります。
セシルと初子はヒエラルキーの最下層に転落し、ジャネットはセシルから次点の存在であったフレデリツキに乗り換えます。
セシルには初子だけが残り、同じ階層となった夫婦で仲良く暮らしました…とはなりません。
醜い姿になって捨てられてもセシルはジャネットを慕いつづけます。
谷崎作品において美醜のヒエラルキーは絶対である一方、人物の美醜が事故や経年によって変化したら、そのヒエラルキーはあっさりとひっくり返されるのです。


愛なき人々
初出:大正十二年一月号「改造」
形式:戯曲
時代設定:現代(大正期)
舞台設定:東京
登場人物
梅澤要次郎
小倉
お杉(梅沢の妻、後に小倉の妻)
玉枝(梅沢の後妻)

大正十年に谷崎が妻の千代を佐藤春夫に譲渡しようとした事件を題材にしてた戯曲。
本作では譲渡は実現しますが、関係者は凋落して破滅していきます。


白狐の湯
初出:大正十二年一月号「新潮」
形式:戯曲
時代設定:現代(大正期)
舞台設定:山奥の渓流のほとり

登場人物
角太郎
お小夜
お小夜の母

ローザ
召使の老婆
ミスタ・ケリー
巡査

スクビズム★★☆
トリオリズム★☆☆
アルビニズム★★★
属性待童願望、白人崇拝

「恋を知る頃」に描かれた性徴前の少年が若く美しい女性を仰ぎ見る待童願望パジズムと白人崇拝をミックスした美しすぎる戯曲。
奉公先の神戸で出会ったローザを慕うあまり「狐憑き」の状態になった角太郎の恍惚、現実のすべてを捨ててローザだけが「世界」となる角太郎の忘我の境地こそ、谷崎のマゾヒズムの理想ではないでしょうか。

……あれ、あれを御覧。……ローザさんがせつせと體を洗つてゐる。……あゝ、お湯の中に月があんなに射してゐるよ。湯壺がまるで水晶のやうに透き徹つて、……ローザさんの體ぢゅうが雪のやうに照つてゐるよ。雪ぢゃあない、銀だ。銀のやうに眩しくきらきら光つてるんだ。……あゝ、今髪の毛をさらさらとしごいてゐる。……あれ、あれを御覧、……ローザさんの髪の毛が、金色の髪の毛が、お湯の中で月に映つてゐるぢゃあないか。あんな綺麗なものが、……あれでも人間の髪の毛なんだよ、……(略)……お小夜ちゃん、あれを御覧よ、あの眞つ白な襟頸を御覧よ、あれでも人間の肌なんだよ。……


(彼女の前に跪き、白繻子の沓を穿いた足を自分の膝の上にのせ、又そのルビーに觸つて見る)あゝ、ほんたうだ、此れもルビーだ、まあ、何と云ふ可愛い綺麗な沓なんだらう。




アヱ゛・マリア
初出:大正十二年一月号「中央公論」
形式:中編小説
舞台設定:横浜山手
登場人物
「私」(ミスタ・エモリ)
早百合子
K
ニーナ
ミセス・W
ワシリー
ソフィア

スクビズム★★★
トリオリズム★☆☆
アルビニズム★★★
属性白人崇拝、奴隷願望、財布奴隷、靴磨き、足、恋人のいる女性に奉仕する、美少年崇拝、宗教的崇拝

「饒太郎」と並び、谷崎が自らのマゾヒズムの本質を語る最重要作。
本牧での体験を基に、亡命ロシア人の美女ニーナに対する一方的な恋慕、貧しいスラブ系難民の幼い姉弟に対する慈愛を装った崇拝を通して白人崇拝表現を爆発させています。
本作を読めば谷崎の西洋崇拝の本質が、西洋先進文明に対する憧れではなく、白人の「白い肌」の、その「白さ」に対する崇拝であることがはっきりとわかります。
白人美女ニーナを目の前にしたエモリの嘆賞です。

「すつきりとした體つきの、圓くムツチリ肉を盛り上げた肩から襟へかけての肌は、若い女の夏の肌だ」とそれだけ云へば十分である。そしてその両側にしなやかに垂れてゐる腕、腕と腕との間に挟まつて薔薇色の服の下からせツせと呼吸してゐる胸――小柄な私はそこに立ち塞がつてゐるその胸の中へ吸い込まれてゞも行くやうに感じて、自分の貧弱さがしみじみと悲しくなつて、人種と云ふものゝ餘りな相違に、不思議な恐れをさへ覚えながら、鼻をついて来る香水の匂を避けるやうに後退りする。……あゝ、その相違が身の丈だけの相違ならいゝのだけれど、……私の頤が彼女の肩のところにあると云ふだけの事ならいゝのだけど、……あの白い肌の中にある白い心は、此の褐色な肌の中にある褐色の心の戀からは、とても及ばぬ高い所にあるのではないだろうか?……
無題


私はお前の美しい白い體が、何處へ行つても茶色の顔と茶色の家とがうようよして居る日本の街に、斯うして次第にくすぶつて行くのを見るに堪へられなかつたのだ。


エモリはニーナに対する奉仕をせっせと実践していきます。

それは決して彼女の方から強ひたのではない、私が進んでさう云うお勤めをやらせて貰ふやうに望んだのは事實だ。
「やらせてくれと云ふのならそれは誠に有難い、篤志な事だ、ではやつて貰ひませう。」
さう云ふのが彼女の態度であつたし、それでも私には愉快だつた。一例を舉げると私は時々、彼女の汚れた白靴が廊下などへ置いてあると、先ず自分の靴を研いて、そのついでのやうにして彼女の靴へもクリームを塗つてやつた。彼女は最初は
「そんな事をするには及ばない、お前に済まない。」
と云つた。二度目には「ほんたうに気の毒だ、有難う」と云つた。三度目にはたゞ「有難う」になつた。そしてしまひには私がせつせと研いてゐる間、用もないのに自分は部屋へ閉ぢ籠つて知らない顔でゐるやうになつた。わざと私の眼につく場所へ汚れた靴が置いてあることもあつた。
「ミスタ・エモリ!私は今日忙しいからちょつと研いて置いておくれ。」
と、彼女の方から云ひつけるやうにさへなつた。その外毎日のやうに催促にやつて来る食料品屋、自動車屋、洋服屋、小間物屋などの借金取りに、居留守を喰はせて私が代りに言譯をすること。三度に一度は立て換えること。一緒に散歩に出て飯を食ふこと。活動寫眞を見ること。それらの勘定は私が拂ひながらやゝもすると彼女からも第三者からもガイドなみに扱はれること。


後半、ニーナを失ったエモリは、中流以下の西洋人が住むアパートに転居し、ソフィアとワシリーという貧しいスラブ系難民の幼い姉弟を崇拝対象にします。
映画スターのように華やかに着飾った瀟洒なニーナと違い、ぼろきれの様な服を着て風呂にも碌に入っていない貧しいソフィアとワシリーをエモリがあっさりとニーナに代わる崇拝対象に据えたことからも、谷崎の西洋崇拝の本質が西洋文明に憧れる貴族趣味ではなくてあくまでも人種的特徴である白い肉体に対する憧れであることがうかがえます。
白人であれば、肌が白ければ、それでいいのです。
話はエモリの幼少時代、マゾヒズムの目覚めに移っていきます。
幼少時代からエモリには崇拝する「対象」がありそれは人とは限りませんでした。
最初はなんと小さな白い角力の人形、白い南京鼠、蟻、小僧の足、尋常小学校に行くと級友の少年を牛若丸に見立て、十歳になってようやく二つか三つ年上の油屋の娘が崇拝対象になります。
エモリは言う。
彼の崇拝対象は一貫して「白」であり、角力の人形も、油屋の娘も、映画スターも、早百合子もニーナもソフィアもワシリーも、「白」の「一時の變形に過ぎない」。
では「白」とは何か?
「白」とは「私の生命が永久に焦れ慕つて已まないところの、或る一つの完全な美の標的」であるという。
つまり美のイデア、アフロディーテである。
やっぱり谷崎の崇拝対象はここに帰結します。
白人崇拝の端緒も語られています。
それは幼少期にクリスチャンであった祖父の家で見た聖母マリア像。
心の奥にしまい込まれた白人女性像に対する畏敬が、横浜移住で甦ります。

私が此の夏横濱へ引き移つて、朝夕西洋の女の顔を見るやうになつてから、幼い頃のマリアの像がいつか私の記憶の底に甦つてゐたであらうことを、誰が否定することが出来よう。ニーナや、ビーブ・ダニエルや、グロリア・スワンソンや、――私はその女たちの目鼻立ちに一つ一つマリアの俤を仄かに感じ、今も昔と同じやうな畏れを以て、及びも付かぬ高さにあるものを仰ぐやうに眺めてゐたのだ。そしてその気持は、――私は正直に白状するが、ソフィアを知るやうになつてから猶更強く溢れて来たのだ。
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グロリア・スワンソン


ニーナに対して上記のような奴隷的奉仕を実行したエモリが、「及びも付かぬ高さにあるものを仰ぐやう」な気持ちがニーナよりも「猶更強く溢れて来た」という少女ソフィアに対してどのように扱っていくのか、期待を膨らませたところで物語は終わります。

谷崎潤一郎全集全作品ミニレビュー 第七巻

谷崎潤一郎全集の全作品につき、ミニレビューをつけてご紹介しています。
使用している全集は、中央公論社昭和五十六年初版発行のものです。

マゾヒストにとって特に性的な刺激の強い作品については、チャートを設け、①スクビズム(下への願望)、②トリオリズム(三者関係)、③アルビニズム(白人崇拝)の三大要素につき、3点満点で、どれだけ刺激が強いかを表示します。また、その作品にどのような嗜好のマゾヒズムが登場するのかを、「属性」として表示します。

三大要素についてはこちらをご参照ください。



途上
初出:大正九年一月号「改造」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
東京・新橋、日本橋
登場人物
湯川勝太郎
安藤一郎(探偵)
久満子(湯川の妻)
筆子(湯川の先妻)

江戸川乱歩が日本の探偵小説の濫觴と称賛した作品。
病弱な妻の死亡リスクを少しずつ高めて、死に追い込んでいく湯川の陰湿な手口を、新橋から日本橋までの途上を歩きながら探偵:安藤が暴いていきます。

前年に発表した「呪われた戯曲」「或る少年の怯れ」と同じく、新しい女のために妻を殺す男の物語。
「呪われた戯曲」のレビューでも書きましたが、本作も紛れもなく、谷崎の、妻:千代に対する露骨な「殺意」を臆面もなく堂々と表明した作品です。
千代の妹:せい子に夢中になった谷崎は、とにかく千代が殺したいほど邪魔邪魔でしかたない。
でも、いくら小説家でも離縁の前にそれを作品にはしないですよね、なかなか。
谷崎は読者にとってはいい意味で、しかし周囲の人にとっては非常に悪い意味で異常なサイコパスで、特にこの時期はその傾向が顕著で、本巻にはその自覚をテーマにしている作品も複数収録されています。


検閲官
初出:大正九年一月号「大正日日新聞」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正期)
登場人物
検閲官
K(作家)

大正8年、邦枝完二を舞台監督とする「創作劇場」が「恋を知る頃」の上演を考えますが、警視庁保安課から上演許可が下りず、上演は断念されました。
本作はその出来事に対する怒りを込めた反論。
検閲官と作家が上演禁止をめぐって論争するという形で展開します。
作品内では問題になっている脚本のタイトルが「初恋」、おきんがお才、伸太郎が信太郎に変わっています。
本作は反論の形でありながら、谷崎が自らの作品の意図を解説するという貴重な資料となりました。

「色情も芸術の材料にはなります。さうして其れが材料となつた場合には、その作品が与へる芸術的感興と云ふものも、色情を通しての感興でなければなりません。」
「私の方では、此の信太郎と云ふ少年が、恋する女の為に甘んじて殺されるところが主眼なのです。」
「僕の云ふのは、殺されて始めて此の少年の命は救はれる、――と云ふんです。此の少年は善人ですから、懲されるよりは救われなければなりません」
「信太郎と云う主人公が、十一二歳の子供でありながら召し使ひの女に恋する、その女には別に思い合つた男があつて、その男とぐるになつて信太郎を殺して家の財産を横領しようと企てゝ居る、それを知りつゝその女の手に甘んじて殺される、――殺されるのが何よりも嬉しい、――此の少年の心の中に燃えて居るものは、此の世の中の理屈では解釈の出来ないものです。(中略)一途に或る物に憧れて居る心持ち、死んでも猶なお憧れて已やまない心持ち」
「国家の為めや人類の為めに命を捨てられるほどえらい人はめつたにありません。(中略)若し凡人に、永遠の命――不朽の魂が存在することを刹那的にでも知らせるものがあるとすれば、それはたゞ恋愛の力だけです。」
「一度でもほんたうの恋を経験したことがある者は、誰しも人間の心の奥には肉欲以外の精神の快楽があることを、無窮の生命の泉があることを疑ふものはないからです。淫欲が激しく起これば起こるほど、その淫欲の蔭に却つて高潔なインスピレーションが湧き上がるのを覚えるからです。」




鮫人こうじん
初出:大正九年一月号‐十月号「中央公論」
形式:長編小説
時代設定:現代
舞台設定
服部の下宿(松葉町;現在の台東区松が谷)
浅草公園六区
梧桐の家(浅草諏訪町の河岸通り;現在の台東区駒形)
上海
登場人物
服部

南の父
林真珠
まゆずみかおる
梧桐ごとう寛治
総子ふさこ(梧桐夫人)
水木金之助(金公、パックさん)
井口昌吉
垂水清六
汪氏
林瑤娟
瑤娟の父

スクビズム★☆☆
トリオリズム☆☆☆
アルビニズム☆☆☆
属性美少女崇拝、悪女


前編のみで未完に終わったミステリーの大作。
鮫人こうじんとは、中国の人魚です。

1914年(大正3年)からはじまった第一次世界大戦が長期化し、その影響で日本は好景気に沸き、本格的な産業革命が進行しました。
東京にも近代的インフラが整備され、景観も大きくかわったようです。
まだまだ江戸時代の景観が残る明治19年に日本橋に生まれた谷崎には、この景観変化に我慢がならなかったようです。
そんななか、谷崎が東京のなかに辛うじて「美」を見いだした場所が浅草公園六区の歓楽街でした。
乱雑と混沌の街:浅草に谷崎は、大正7年に旅行した中国と共通するものを見いだします。
本作はその浅草の景観・風俗をふんだんに盛り込んだ意欲的なミステリー。

老若男女を問わず人を夢中にさせてしまう魔性の美少女:林真珠を中心に、浅草と上海で生まれた二つの「謎」に、魅力的なキャラクターたちが巻き込まれていきます。

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大正時代の浅草公園六区
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映画「浅草の灯」より、笠智衆と高峰三枝子


蘇東坡―或は「湖上の詩人」―
初出:大正九年八月号「改造」
形式:戯曲
時代設定:宋代(十一世紀)
舞台設定
杭州
登場人物
蘇東坡
毛澤民
朝雲
群芳

宋代の大文人:蘇軾の風流と仁徳を称賛する人情劇。


月の囁き
初出:大正十年一月号‐四月号「現代」
形式:映画劇
時代設定:現代
舞台設定
お茶の水
塩原温泉郷
山内家(麹町)
登場人物
野本章吉
山内綾子
池田輝男
綾子の母
藤子(綾子の姉)
原田

スクビズム★☆☆
トリオリズム☆☆☆
アルビニズム☆☆☆
属性女に殺される


谷崎は映画愛が高じてついにこの年、大正活映という映画会社の脚本部顧問となり、「アマチュア倶楽部」という映画の制作に関ります。
本作も大正活映で製作される予定でしたが、実現しませんでした。
心中するつもりで許婚を絞殺してしまい、心を病んだヒロイン:綾子の妖しい魅力を、映画的に映し出します。



初出:大正十年三月号「改造」
形式:短編小説
舞台:一高の寄宿舎

一人称語りでありながら、なんと「私」自身が犯人であるという内省的なミステリー。


不幸な母の話
初出:大正十年三月号「中央公論」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
自宅(新橋?)
小田原市国府津
登場人物



藤子(兄の妻)

船の座礁事故に際して生まれた母子の不信がテーマ。
後述するように、この時期に多数書かれた「善悪」の問題に取り組んだ作品のひとつ。


鶴悷かくれい
初出:大正十年七月号「中央公論」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
その町(小田原?)
登場人物


靖之助
しず子
照子
支那の女

「覗き見」から始まるミステリー。
中国に憧れ、中国に魅せられた男の異常な行動に、谷崎の中国文明崇拝が冷めやらぬことがうかがえます。


AとBの話
初出:大正十年八月号「改造」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
不明
登場人物
A
B
Aの母
S子(Aの妻)

同じ家で兄弟のようにして育った従兄弟の善人「A」と悪人「B」。
Aは、Bを溺愛した母のためにBを善の道に導こうとし、BはAの偽善を暴こうとします。

明治43年(1910年)、武者小路実篤、志賀直哉らが「白樺」を創刊し、ヒューマニズムが大正時代の文学を席巻します。
それに呼応するかのように、谷崎はこの時期、「私」「不幸な母の話」そして本作と、「善悪」をテーマにした作品をたてつづけに発表します。
共通するのは、「悪」をしないではいられない人間がいて、よって「善」は「悪」を救えない、だから「善」はすべて「偽善」である、という非常に捻くれた理論です。
その根底には(特にこの時期の)谷崎が「自分は「悪」をしないではいられない人間」である、という認識があるようです。
「異端者の悲しみ」にも書かれたように、この「悪」とは、「自分の欲望を満たすこと」以外の事象に一切まったく価値を見いだせない、ということです。
価値を見いだせない事象の中には道徳や愛国心や規範意識だけではなく、友情、家族愛、同情、恩義、罪悪感といった感情も含みます。
サイコパスなんですね。
白樺派のヒューマニズムは、そのような意識・感情が、誰の心にも眠っている、という前提に立っている。
谷崎はそこに強い違和感を抱いたのが感じられます。


廬山日記
初出:大正十年九月号「中央公論」
原題:「廬山日誌」
形式:紀行文
中国旅行中の大正7年10月10日から12日にかけて、江西省の名山:廬山を見物した際の日記。


生まれた家
初出:大正十年九月号「改造」
形式:随筆
舞台:日本橋蠣殻町の生家

幼少期の思い出。
祖父がキリスト教に帰依したため、離れ座敷にあったマリア像(絵画)の思い出が記されています。

天を仰いで合掌して居る神々しい聖女の眸は、頑是ない当時の私にも不思議な威厳と畏れとを感じさせた。私はその像を見に行くのが好きでもあり気味悪くもあった




或る調書の一節
初出:大正十年十一月号「中央公論」
形式:短編小説
登場人物
A(取調官)
B
菊栄
お杉
Bの女房

本作も悪事をしないでいられない生来の悪人の物語。
虐待されても健気に夫を改心させようとするBの女房は、谷崎の妻:千代を想起させます。
千代もこの頃になると、北原白秋の妻の示唆もあって谷崎とせい子の関係に気づいていますが、それでも夫に従順な千代が、谷崎にはいまいましくて仕方なかったんでしょうね。
実際佐藤春夫はこの時期、谷崎が千代をステッキで打っているところを目撃しています。

タグ : 谷崎潤一郎 マゾヒズム小説 マゾヒズム 白人崇拝

谷崎潤一郎全集全作品ミニレビュー 第六巻

谷崎潤一郎全集の全作品につき、ミニレビューをつけてご紹介しています。
使用している全集は、中央公論社昭和五十六年初版発行のものです。

マゾヒストにとって特に性的な刺激の強い作品については、チャートを儲け、①スクビズム(下への願望)、②トリオリズム(三者関係)、③アルビニズム(白人崇拝)の三大要素につき、3点満点で、どれだけ刺激が強いかを表示します。また、その作品にどのような嗜好のマゾヒズムが登場するのかを、「属性」として表示します。

三大要素についてはこちらをご参照ください。



小さな王国
初出:大正七年八月号「中外」
原題:「ちひさな王国」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
D小学校(G縣M市;群馬県前橋市か)
登場人物
貝島昌吉
貝島の細君
啓太郎(貝島の長男)
沼倉庄吉
生徒一同

同級生を支配する魔性の力を持った少年:沼倉庄吉。
巧みな相互監視を使った「力による支配」と独自の紙幣を使った「経済による支配」によってやがてすべての同級生が喜んで沼倉に絶対服従する「心の支配」を確立します。
そしてついには教師の貝島までも沼倉に屈服します。

先生は今日から、此処に居る沼倉さんの家来になるんだ。みんなと同じやうに沼倉さんの手下になつたんだ。


貧困をしのぎながら沼倉と対峙する孤独な戦いを捨て、沼倉に膝を屈した瞬間の解放感。
いつもとは少し違う形の「支配される喜び」が描かれています。

「鶯姫」のような女学校、あるいは戦後の男女共学の学校に置き換えて妄想を広げるのもお勧めです。


魚の李太白
初出:大正七年九月号「新小説」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
春江のお邸(麹町)
桃子のお邸(富士見町)
登場人物
春江
桃子
伯爵のお母様


上品な世界観のおとぎ話。
緋縮緬という布地で作られた鯛が、所有者である華族の若奥様の着物の裏地にされそうになり…。


嘆きの門
初出:大正七年九月号十一月号「中央公論」
形式:中編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
カフェエ、ド、パリ(銀座通り)
岡田の別宅(越前堀;現在の中央区新川あたりか)
岡田の本宅(本郷元町)
登場人物
菊村
少女
紳士(岡田)
書生
岡田の夫人

スクビズム★★☆
トリオリズム★★☆
アルビニズム★☆☆
属性美少年崇拝、美少女崇拝、美尊醜卑論、身体障害(聾唖)、西洋崇拝


本作については作品論を書きましたので、ぜひお読みください。

谷崎潤一郎序論(3)―『嘆きの門』論~華族様の恋


柳湯の事件
初出:大正七年十月号「中外」
形式:短編小説
時代設定:現代
舞台設定
S博士の弁護士事務所(上野山下)
青年の長屋(車坂町の正念時の境内)
柳湯(車坂町)
登場人物
「私」
S博士
青年
瑠璃子

怪奇犯罪小説の中に、異常な「ぬらぬらフェチ」を伺わせます。

こゝで僕は、僕の異常な性癖の一端を白状しなければなりませんが、どう云ふ訳か僕は生来ぬらぬらした物質に触られることが大好きなのです。


僕の画いた生物を見ればお分かりになるだらうと思ひますが、何でも溝泥のやうにどろどろした物体や、飴のやうにぬらぬらした物体を画く事だけが非常に上手で、その為めに友達からヌラヌラ派と云う名釈をさへ貰って居るくらゐなんです。


私を圧さへつけて置いて、ゴムのスポンジへシヤボンをとつぷりと含ませて、それで私の目鼻の上をぬるぬると擦つたり、体中へどろどろした布海苔を打つかけて足蹴にしたり、鼻の孔へ油絵具をぺつとりと押し込んだり、始終そんな真似をしては私をいぢめました。




美食倶楽部
初出:大正八年一月―二月「大阪朝日新聞」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
美食倶楽部の本部(G伯爵の邸の楼上)
浙江省の支那人の倶楽部(牛ヶ淵)
登場人物
G伯爵
美食倶楽部の会員一同
支那人の倶楽部の一同

後述する中国旅行で体験した中華料理と中国人の食に対する執着に、大きな影響を受けたものと思われる作品。

このブログを読んでくださっている方ですら、読んだことを後悔する可能性がある超過激作。
こういう作品が検閲にかからなかったのは、そもそも検閲が想定していた範疇を超えていて、検閲官の理解も超えていたからなんだろうな。
美食を愛したことで知られる谷崎ですが、それも結局は性欲に直結し、汚物愛好ともつながりがあることがはっきりとわかる作品。
人肉食こそないものの、生きた女体を「美食」として貪る浅ましい豚共の姿には戦慄を覚えます。


母を恋ふる記
初出:大正八年一月―二月「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」
形式:短編小説
時代設定:不明
舞台設定:不明
登場人物

お媼さん


不思議な夢を描いた幻想的な短編。
幼少期に見た若く美しい母の記憶(女)と、成長してから見た年老いた母の記憶(お媼さん)との不整合を、後者を他人としてしまうことで合理化しています。


蘇州紀行
初出:大正八年二月号、三月号「中央公論」
原題:「畫舫記」
形式:随筆
舞台:中国・蘇州

谷崎は大正七年(1918年)の十月から十二月にかけて、朝鮮、中国を旅行します。
朝鮮はすでに日本に併合されており、中国は列強の半植民地状態となっていた時代。
日本の「対華21ヶ条要求」を機に五四運動が起こるのは翌年のこと。

帰国後は旅行の体験を基にした作品を多く発表しました。
本作は、畫舫ぐわぼうという観光船で蘇州の観光地を巡った体験を記したもの。
在留邦人の「支那人を犬猫の如く取り扱ふ」態度に不快感を示しています。


秦准しんわいの夜
初出:大正八年二月号「中外」、三月号「新小説」
原題:「南京奇望街」
舞台:中国・南京秦准区

一夜を共にする娼婦を求めて南京秦准区で右往左往した思い出を記したもの。
結局買ったのは「十六七」(数え年)という少女。


呪われた戯曲
初出:大正八年五月号「中央公論」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
上州・赤城山(群馬県)

登場人物
「私」
佐々木
玉子
襟子
(作中戯曲)
井上
春子

この頃から、谷崎は妻:千代の妹:せい子に夢中になります。
千代に対しては不満を抱き、虐待と言っていいほど冷酷な態度をとり、谷崎の親友である佐藤春夫が千代に同情を寄せていく、という逸話はすでによく知られている通りです。
本作は、いわばその虐待の一環として執筆・発表したと言っていいでしょう。

作家:佐々木は恋仲になった襟子と結ばれるために、妻:玉子を殺害を計画します。
まずは計画を戯曲として書き上げ、それを基にして赤城山で実際に玉子を殺害し、さらにその体験を基に戯曲を演出して上演し、大成功を収めます。

佐々木のモデルが谷崎である以上、玉子のモデルが千代であることは、当時の読者にも明らかだったでしょう。
これ以上の侮辱がありえるでしょうか。
佐々木が玉子を(作中戯曲内で井上が春子を)罵る言葉も酷い。

あの女は馬鹿な女だ、自分とは全然頭の程度の違ふ女だ、三文の価値もない人間の屑だ。あんな愚鈍な、あんな無智な女の魂なんか、存在を認める必要もないくらゐなんだ。


あの味もそつけもない、驢馬のやうな愚鈍な表情をした顔つきを見ろ。活き活きとした魔力に充ちて居る襟子の容貌とはまるで比較にならないぢやないか


お前が初めから此の世に生れて来なければよかつたのだ。(中略)だが、それが到底望まれない事だとすれば、やつぱり死んで貰ふのが一番いゝ。それでも飽き足りないのだけれどそれで我慢するより外に仕方がない。


公然と妻を侮辱し、殺意すら抱いていることを発表してしまう。
谷崎は千代自身が、本作が谷崎の自分に対する本心を綴ったものであることを承知して読むことを当然意図していたことでしょう。
あるいは教養に乏しい千代が本作を読んでこの意図に気づくかどうか、試したのかもしれません。

谷崎の哲学は女性一般を崇拝する「フェミニズム」ではなく、美しい者だけを崇拝する「美男美女崇拝」ですから、女でもあっても醜い者は徹底的に虐待されるのですが、それは作品内だけではなく、実生活においても忠実に実践されていたわけです。


西湖の月
初出:大正八年六月号「改造」
原題:「青磁色の女」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
上海から杭州行きの列車
西湖(杭州)
登場人物
「私」
令嬢

中国旅行の体験を基にした作品の一つ。
現在世界遺産となっている西湖を舞台に、一人の美少女の入水自殺を恐ろしく芸術的に描いています。
西湖にて入水したという伝説によってその語源となった春秋戦国時代の絶世の美女:西施を題材にしたものと思われますが、西洋において幾多の水死体の画題となった「ハムレット」のオフィーリアをも想起させます。

3956.jpg img_1004739_37666799_2.jpg
左:徳珍「西施」、右は詳細不明
4754.jpg
アレクサンドル・カバネル「オフィーリア」

富美子の足
初出:大正八年六月号「雄弁」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正初期)
舞台設定
塚越家(日本橋村松町)
別荘(鎌倉・七里ヶ浜)
登場人物
「僕」(野田宇之吉)
富美子
「隠居」(塚越)

スクビズム★★★
トリオリズム★☆☆
アルビニズム☆☆☆
属性足、顔踏み、犬、複数支配、老人虐待、幼少退行、財産搾取


本作については作品論を書きましたので、ぜひお読みください。

谷崎潤一郎のスクビズム(2)―『富美子の足』論~やっぱり足が好き!


真夏の夜の恋
初出:大正八年八月号「新小説」(未完)
形式:戯曲
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
病院(浅草)
登場人物
山内滋
松本文造

歌劇女優:黛夢子を医師の息子と書生が争うという導入のみが発表されています。


或る少年の怯れ
初出:大正八年八月号「新小説」(未完)
形式:中編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
田島家(本郷・弥生町)
田島医院(銀座裏通り)
新居(小石川の原町)
登場人物
田島芳雄
芳雄の長兄(幹蔵)
禄次郎
柳子
喜多子
瑞江

スクビズム☆☆☆
トリオリズム★☆☆
アルビニズム☆☆☆
属性悪女、年少の少年と年上の少女、カップルの幸せの犠牲になる


「恋を知る頃」に描かれた、憧れの少女とその恋人のためにその犠牲となって殺されることを受け入れる少年の心。
あれを少しソフトに、現実的にしたような小説。
谷崎の「幼少退行して年上の女性に陵辱されたい」という願望が滲み出でています。
芳雄は、医師である兄が後妻の瑞江のために前妻の喜多子を毒殺したのではないかと疑い、さらには自分を殺害しようとしているのではないかと怖れるようになります。
兄や瑞江のために死を受け入れていく無力でいじらしい芳雄、苦悩する兄:幹蔵に対して、自分は一切手を汚さずに無邪気に優しく振舞いつつ、幹蔵に非道を行わせる瑞江の陰湿な魔性に戦慄します。


或る漂泊者の面影
初出:大正八年十一月号「新小説」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
天津のフランス租界
登場人物
「私」
「男」

中国旅行の体験を基にした作品の一つ。
天津のフランス租界で見かけた老人の様子を描写したもの。


秋風
初出:大正八年十一月号「新潮」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
栃木県・塩原温泉郷
登場人物
「私」

A子(娘)
S子(妻の妹)
T

スクビズム☆☆☆
トリオリズム★☆☆
アルビニズム☆☆☆
属性デートの共をする


この年の九月に塩原温泉郷に滞在した実体験を基にした私小説。
S子のモデルはせい子、S子の恋人Tのモデルは谷崎の弟子:今東光です。
妻子とすごしている前半は、台風の影響で雨天が続き、妻子が帰宅しS子とTとすごす後半のになると、天気は晴れ渡ります。
この天候が、妻子を疎み、せい子に夢中になっている当時の谷崎の心境をそのまま象徴しています。
秋の塩原に無邪気にはしゃぐ若くさわやかなカップルの華やかさの描写が非常に美しい作品。

kouyou.jpg
塩原温泉郷

天鵞絨びろうどの夢
初出:大正八年十一月号「新潮」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
温夫婦の家(西湖(杭州) )
登場人物
「私」
S
温秀
温の夫人
第一の奴隷(少年)
第二の奴隷(少女)
第三の奴隷(ユダヤ婦人)
K

スクビズム★★☆
トリオリズム★☆☆
アルビニズム☆☆☆
属性貴族崇拝、奴隷願望、侍童願望、手段化、知的障害、拷問


中国旅行の体験を基にした作品の一つ。
奴隷を徹底的に歓楽の手段として扱い、それを悪徳・退廃としてではなく、典雅で上品な芸術として評価する中国の貴族文化への憧れが結晶した作品。
導入部分を読むと、十人の奴隷の告白によってある貴族夫妻の生活実態が暴露される構成になるはずなのですが、三人の奴隷の告白が終わったたところで唐突に打ち切られています。
CIMG2190.jpg

杭州・西湖のほとりに立つ雷峰塔

タグ : 谷崎潤一郎 マゾヒズム小説 三者関係 白人崇拝

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