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マゾヒズム文学の世界

谷崎潤一郎・沼正三を中心にマゾヒズム文学の世界を紹介します。

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帝都ローマ

ローマは帝都だから
そこにいるだけで
あらゆるものが手に入る
金も穀物も奴隷も
すべてはローマの下に集まる

ローマは収奪する
属州からすべてを奪う

美人は美しいから
生きているだけで
たくさんのものが手に入る
金も宝石もドレスも
すべては美人の足下に集まる

美人は収奪する
崇拝者からすべてを奪う

ほんとうにそうか
ほんとうにそうなのか

ローマは与えているのだ
属州に平和を
帝国の栄光を

美人は与えているのだ
崇拝者に陶酔を
恋の喜びを

ペルガモンという国の王は
国家と国民をローマに遺贈した

君にはその勇気があるか
君自身にのしをつけて美人に贈呈する勇気が

「カヲル君」
「うーん?」
「夕日、綺麗だね」
「うん」
「あと、10分くらいかな」
「うーん?なにが?」
「日没」
「うん」
「あっというまだね」
「あっ」
「そう、あっというま」
「ちがうよ、あそこ、女同士でキスしてる」
「うん」
「長いな」
「あのさ、カヲル君」
「うーん?何?」
「足に、砂ついてるね」
「うん、それが、何?」
「いや…」
「舐めたいの?」
「えっ?」
「ふーん、そうなんだ、さっきから私のサンダルチラチラ見てさ」
「いや、そんなんじゃ…」
「今日は君と純粋に文学とか芸術とか歴史の話したいと思って楽しみにして、君が喜ぶと思っておしゃれしてきたのに、君はそんなことが目的だったのか」
「ち、ちがうよ…」
「私が夢中になってグノーシスとかサッフォーとか、加藤清正とかスピッツとか佐倉杏子の話をしている最中に君は上の空で相槌を打って、頭の中は私の足の味でいっぱいで、どうやって舐めさせてもらおうか考えていたというわけか。君ほど熱心に私のマニアックな話を聞いて、君ほど私の気持ち悪い絵をほめてくれる人はいないからうれしかったのに。メンヘラサブカル女なんて適当に話し合わせておだてておけば足くらい舐めさせてくれるだろうと思われていたのか。私は馬鹿だな、まるで道化だな。悪かったね、察しが悪くて興味のない話に延々とつきあわせてしまって」
「ちがうよ、誤解だよ、僕もカヲル君といろんな話がしたくて今日は来たんだから…」
「君は「プラトン的完全に殉じたい」って言ってたよね。君は私がAndrogynosだから私に惹かれたのか?」
「ちがうよ。カヲル君に会う前は、プラトン的完全なんて興味なかったし、ギリシア詩も読んでなかったし、アニメもあんまり見なかったんだ。全部カヲル君のことをもっと知りたくて調べたり勉強したりしたんだよ」
「ふーん」
「カヲル君の絵はすごいよ。でも、本当の美は人が創造クリエイトするものじゃなくて、神様が創造クリエイトするものだと思うんだ。カヲル君みたいに…」
「君にとっては私はプラトン的完全なの?」
「うん…たぶん…綺麗だし、いい匂いがするし、でも…」
「舐めてみないと確信が持てない?」
「うん…」
「ふーん、で、サンダルは脱いだほうがいいの、そのままでいいの?」
「やっぱり、脱いだほうが…」
「じゃー脱がして」
「うん…」


「ぼやーけた六等星だけど、思い込みのー恋に落ちた♪まだキスしてるよ、あのふたり…」

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父の車で 1/3

私は父の運転する車の助手席に乗っていた。
カーラジオは昼のニュースを伝えている。
内閣総理大臣は衆議院の解散を決断し、まもなく総選挙が行われるという。
が、総理大臣の名前になんとなく違和感を覚える。
ニュースはその後、今日のジャイアンツの先発予想は斎藤で、ドラゴンズは小松か今中だろうと伝えた。
これを聞いて私は、さてはこれは夢なのではないかと疑った。
しかし、私の胸は、まもなく訪れる陶酔への期待に、張り裂けそうになっていて、これが夢でもかまわないと思っていた。
おそらくそれは父も同じであったろう。

父はとある公園の前で車を停めた。
この公園のことはよく知っていた。
斜面に立地していて段差や階段が多く、全体が緑に覆われていて、かくれんぼをするのには絶好の公園だ。
そこそこの大きさのある市民公園である。
平日のためか、人気は少ない。
父と私は軍手をはめてゴミ袋を持ち、箒と塵取りを使ってせっせと公園の一角の掃除を始めた。
ちょうど段差の踊り場のようになっていて、藤棚とベンチと植栽がある、30㎡くらいのエリアである。
特段汚くはなかったが、それでも念入りに掃除をすれば、けっこう吸殻やゴミはあるものである。
ベンチは丁寧に拭いた。
母は綺麗好きで、掃除は念入りにするよう厳しく躾られた。
掃除の後は「綺麗にした証」として床を舐めることを習慣付けられていたので、最後にベンチや飛び石をペロペロ舐めた。
すっかり掃除を終えると、父と私は生い茂る植栽の影で服を全部脱いで全裸になり、藤棚の下のベンチの前に土下座して母を待った。
両手と顔面をしっかりと地面につけ、鼻で地面を掘るようにして顔面全体を土に埋め、強く押し付けた。
約束の時間の一時間以上前には、相手を迎える体勢で待機するというのが、母が教えてくれた礼儀だった。

「相手の見てる前でだけ土下座しようなんて、そんなの形だけの土下座じゃない?」という母の一言で、眼から鱗が落ちた父と私は、母がいない場所でも、母がいる方角に向かって土下座するのが習慣になってしまった。
離れた場所で、母は食事をしているだろうか、デートの最中だろうか、ぐっすり眠っているのだろうか、そう思うとき、母が目の前にいる時と同じように土下座すると、不思議と頭上に母を感じられた。
母が父と私をまったく忘れ去っている時間も、私と父は耐えず母を思慕し、母の足下に平伏しているときと同じ緊張を保つ。
これが本物の礼儀であり、たった一言で母は、父と私にそれを教えてくれたのだ。
母に会えなくなった今でも、私と父は一日に数回はいっしょに母が住む街の方に向かって土下座している。
母は父と私に土下座のやり方を細かくしつけたりはしなかった。
ただ、「形だけの土下座」を許さなかった。
母の前に土下座したとき、後頭部を踏んでくれたら土下座のまま待機、頭頂部を蹴ってくれたら手はついたまま、数㎝顔をあげ、命令を聞く姿勢の合図である。そこからさらに顔面を蹴ってもらえれば、立ち上がってよいという合図だ。
命じる用があるときにはすぐにこの合図(答礼)をかけてくれるのだが、そうでもないときにはなかなかいずれの合図もかけてくれない。
土下座が「不合格」ということだ。
母は単に答礼を忘れているのかもしれないし、気まぐれに省略したのかもしれないが、それは父と私が問題にすべきことではなかった。
あるとき母が「土下座がなってないときは何もしないから」と言ったこと(母は言ったことも忘れたかもしれないが)がすべてであり、答礼がない限りは礼を失した「形だけの土下座」をしているんだと猛烈に反省した。
父と私は母に対して相応しい土下座の仕方を追求した。
まず、母に答礼をしてもらおうとするのをやめた。
答礼をするかしないかは「母の世界」に属することで、父と私が考えたり望んだりしてはいけないことである。
そうではなくて、自分たちなりに母の恩義に対する感謝を土下座の形で精一杯示そうとおもった。
そう考えると、母が足を動かして自分の後頭部を踏んでくれない限り、どうやっても母の穿いているスリッパやサンダルよりも、自分の頭を下に置けないというのがどうにも無礼な感じがした。
本来なら自ら頭を相手の履き物の下に差し出すべきなのは明白だった。
そこで、せめて顔面をとにかく床や地面に強く押し付けることで、無礼を侘びようとおもった。
フローリングの床や舗装された地面の場合は、額と鼻骨がしっかり接地するまで顔を押し付けた。
絨毯や土の場合は、可能な限り顔面をめり込ませた。

父と私はその姿勢のまま母を待った。
あまりの期待感に動悸は高まりっぱなしだった。
このまま母がこなくても、一日中父とこうして母を思いながら土下座しているのも悪くないとおもった。
やがて人の足音が聞こえた。
懐かしい、母のサンダルの足音だ。
若い男性と楽しげに談笑する母の声は、何も変わっていなかった。
ペタペタという犬の足音も聞こえた。
どうしようもなく胸が高まった。
「そうそうそれでねー」
談笑したまま、父と私の頭頂部をサンダルの固い爪先で無造作に蹴ってくれた。
母のロングスカートの裾の、夏花のような、高貴な匂いとともに、懐かしい甘美な快感が頭頂部から脊髄に走った。
父と私は全裸だから、土下座の姿勢でも、その瞬間に二人が射精してしまったことは、上から見下ろして者からはまるわかりだったろう。
しかし、頭頂部を蹴ってくれたのはサーヴィスではなく、顔をあげろという合図である。
ただし、仰ぎ見ていいのは相手の膝から下までだ。
相手は全裸の自分たちの体を上から見下ろして、考えていることまで手に取るような分かるであろうに、自分たちは相手の体を畏れ多くて見上げることができない。
このスタンスも、「私は別にあなたたちが何を考えてるのか知りたくもないけど、知ってほしいんだったら、一目で分かるように、私の前では裸におなりなさいな。」
「私が何をしているか、何を考えてるかをあなたたちが知る必要があるかしら?それってすっごく不躾じゃない?あなたたちが知る必要があるのは私があなたたちに何をさせたいかだけでしょう?」
という言葉で母が父と私に教えてくれたものだ。
父と私は手をついたまま、ゆっくりと顔をあげた。
ストラップの白いサンダルを穿いた彫像のように美しい足、肌は白磁のように白く、これまた白地に淡い花柄のスカートの裾がふんわりと揺れて、懐かしい母の高貴な匂いが父と私の顔に降った。
母は自分が今なお、父と私を以前と同様に扱う権利を有する存在であることを父と私に思い知らせるには、足下を見せてやるだけで十分だということを心得ていた。
母の左には若い男性のシューズがあり、二人はベンチには腰かけず立っていた。
母の右には中型の犬が首輪をつけて座っていた。
父と私は改めて母の恋人に向かって地面に顔をめり込ませるあいさつをした。
「ねーしてあげてよ」
と、母が恋人に答礼を促してくれたが、母の恋人は父と私の頭を蹴るのをためらっているようだった。
「じゃーしてくれたら、(コショコショコショ)」
という囁きが聞こえた後、ゴム底のシューズの爪先が、父と私の頭頂部を蹴ってくれた。
「じゃー次はジョン」
という母の声によって、父と私は犬の方に向かって土下座した。
さすがに答礼はないかと思ったが、犬は父と私の頭の上を歩いてくれた。
「私の彼と友達には私にするのと同じ礼儀で接すること」というのは母がもっとも厳しく父と私にしつけた教えだったし、母の持ち物や身につけていた物に向かって土下座することもあったので、父と私にとっては、母の犬に土下座するのも踏まれるのも、まったく躊躇はなかった。

母は父より5歳若い。結婚前はモデルをしていたそうだが、結婚後もその美しさを保ち私を生んでしばらくしてからモデルに復帰した。
小さい頃から母は私に愛情を注がず、幼い私の世話はほとんどすべて父がしてくれた。
父は祖父の会社の役員として働きながら、母にはほとんど家事をさせず、すべて自分で引き受けた。
私も小さい頃から家事を手伝った。
父と私は朝早く起きて出来る限りの家事を済ませ、母のために朝食を作ってから眠っている母にあいさつをして会社と学校に行った。
母は朝食にはほとんど手をつけなかったが、たまーに一口二口食べてくれるのがうれしくて、毎朝作った。
母は昼頃に起き出して出かけ、だいたい夜遅くまで帰ってこなかった。
父と私は家事を済ませ、夕食を作ってどんなにおそくなっても先には食べず、風呂も絶対に母より先には入らなかった。
10時くらいになると二人で玄関に座って母を待った。
母が帰った気配がすると父と私はもううれしくてうれしくて、泣きそうになるのを我慢して母にあいさつをした。
家に帰ると母はだいたいすぐ風呂に入って寝室に行ってしまい、夕食もほとんどたべてくれなかったがたまにほんの少し食べてくれると、父も私もうれしくて、母の食べかけをデジカメにとったりした。
それを見た母は呆れて、歯磨きの泡をわざと床にたらして、「これも撮っておけば、残飯父子。」なんて言った。

続き

伊東美~1

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