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マゾヒズム文学の世界

谷崎潤一郎・沼正三を中心にマゾヒズム文学の世界を紹介します。

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あらたなる神々の創生―キム・イルケ「韓日ヤプー秘史―国辱マゾヒスティックワンダーランド」感想

日本のマゾヒズム文学の歴史において、白人崇拝マゾヒズムの頂点の時代に現れた神話が沼正三の「家畜人ヤプー」でした。
今、その「家畜人ヤプー」を下敷きにして、日本人マゾヒストに新たな共通被支配幻想として浮上した韓国崇拝の黎明期にあって、あらたな「日本書紀」となりうる素晴らしい小説がネット上に登場しました。
小説投稿サイトに連載中の「韓日ヤプー秘史―国辱マゾヒスティックワンダーランド」という小説です。
作者のペンエームは「キム・イルケ」で、イルケとは「日犬」の韓国語読みだそうです。
本作は白人崇拝小説「家畜人ヤプー」を見事な設定で韓国崇拝小説に置き換え、またこれまでネット上に現れた様々な「女権帝国」ものの小説、「レイコとシンジ」のような拷問小説などのエッセンスを吸収した圧巻のネット小説です。
私も本作によっていっきに崇韓の扉を開けてしまいました。
設定は次のようなものです。

韓国で優生手術により遺伝的に優位な「優生女性」が誕生する。
美しく有能な優生女性はやがて貴族となり、女権革命を起こして韓国は「大韓女権帝国」としてアジアの大国となる。
日本大公国(君主は天皇ではなく、関ヶ原の戦いで西軍が勝利した結果大公(太閤?)豊臣家となっておる)は、まもなく大韓女権帝国の属国となり、絶望的な抵抗戦争を経て「大韓女権帝国属領小倭列島植民地」となる。
日本人は属領民「倭奴」となり、駐留する大韓女権帝国軍に奴隷、ないし家畜として隷属している。
駐留女権帝国軍は倭奴に徹底的な「奴隷教育」を施し、馴致された倭奴は大韓女権帝国および優生女性からなる大韓女権帝国軍将校たちを生殺与奪権の保持者として恐怖し、天罰を与えてくれたことに感謝し、雲の上の存在として崇拝している。

「家畜人ヤプー」は、数々の女神を創生し、日本人マゾヒストにの前に降臨させ、崇拝させた「神話」です。
ただのマゾ小説か、「神話」になれるかは、女神を創生できるかにかかっていますが、本作はそれを見事に創り出しています。
大韓女権帝国空軍少将・属領小倭列島植民地総督府民生局長パク・ソヨン公爵令嬢(22歳)と大韓女権帝国空軍士官学校高等科少尉パク・ソナ公爵令嬢(17歳)の姉妹神です。
これはもちろん、「家畜人ヤプー」に登場するポーリン・ジャンセン侯爵嗣女とドリス・ジャンセン侯爵令嬢の姉妹神に対応するものです。
とにかく本作はソヨン、ソナの美、全能、無謬、高貴、英傑、無垢、驕慢、峻厳、そして慈愛を波状的に、浴びるように読む者に体感させ、自然と姉妹を神として崇拝させてしまうよな、圧倒的な力を持った小説です。
ソヨンとソナの髪の先から爪先まで、動きの一挙、セリフの一言すべてに神が宿っている、まさにそんな感じです。
ドミナの類型でいえば、姉妹ともまだ無邪気な未婚の乙女という感じで、また、ベルトに拳銃とサーベルを下げている軍服姿が印象的なソヨンは軍神アテネ、高校の制服姿に小型の拳銃と乗馬鞭を吊っているソヨンは処女神アルテミスのイメージでしょうか。
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倭奴に対しては、ソヨンのほうは冷淡で完全に「物」扱いです。

今のソヨンにとっては、倭奴どもの忠誠心など、ティッシュペーパーの一枚ほどの重さもない。完全な消耗品、安価な日用品と同等だった。


今、這いつくばって靴を磨く日本人は、ソヨンの総督府での『仕事』―日本人の馴致・精神的な奴隷化―の、絶好のサンプルだった。


それに対し、ソナは倭奴にサディスティックな好奇心と深い慈愛を抱いていています。

「ぷフッ。アハハハハッ。やっぱクズだわ。超ぉーウケる。やっぱり日本人チョッパリって全員クズね。間違いないわ」


「感謝? あんなことされて、『感謝』なの?」


ソナは苦笑しながら、足許に土下座して整列している倭奴どもの後頭部を、一人一人軽く踏み下してやった。最後にリーダー格の倭奴には、顔を上げさせた後、爪先で顎をしゃくりあげて上を向かせて、その泥だらけの顔に唾を吐きかけてやった。


天上から決して降りてこない女神ソヨンに対して、しばしば降りてきて気まぐれな懲罰や褒賞を与える、倭奴にとっては畏れ多くも比較的距離の近い女神がソヨンです。
ソナの好奇心は、同朋を大空襲で殺戮した自分の足下に這い、顔面を地面に擦りつけて支配を、命令を、足蹴を、ありがたがる倭奴の惨めな心理に向かい、やがてそれは自分と姉を神とする信仰によって倭奴を救済に導く慈畜主義につながります。
つまりソナは、「家畜人ヤプー」のドリスの役とともに、太陽神・救済神アンナ・"テラス"・オヒルマン公爵の役も担っているのです。

「そのことをよーく分かってる賢い倭奴クンには、今の私の姿が、それこそ慈悲深い女神様のように見えるでしょうね。そういう子はたっぷり私たちの御靴磨きとか、トイレの床磨きとか、させてあげるわ。たまには靴の裏で頭をナデナデしてあげてもいいわよ」
「一方で、韓国のことをまだ敵だと思ってて、薄っぺらな意地やプライドを大事にヘラヘラしてる倭奴クンは、きっと大変な思いをすると思うよ。死んだほうがマシ、って思っちゃうかも。そういう倭奴クンにとったら、同じ私の顔が、閻魔様みたいに見えることね。
慈悲深い女神様のお足許で幸せに働けるか、閻魔様に地獄を見せられるか、それはお前たちの心の持ち様次第よ」


この表裏一体の二面性が女神ソナの大きな魅力ですね。

倭奴たちの大韓女権帝国および優生女性からなる大韓女権帝国軍将校に対する「熱烈な」崇拝感情も本作の大きな魅力です。
「家畜人ヤプー」(正編)の場合、主人公:瀬部麟一郎は最後まで白神信仰アルビニズムにまでは至らず、すでに完全に家畜化されたヤプーたちはどこか高位聖職者のように白神信仰アルビニズムを内に潜めており、白い神に対する「熱烈な」感情の発露があまり見られません。
これに対し本作では、主人公:丸山をはじめとした倭奴たちが全身をもって熱烈に崇拝感情を表現します。
もっとも特徴的な崇拝感情の表現が、スクビズム第一類型(物理的下位)、第二類型(足崇拝)の典型的な発露である「土下座」と「靴磨き」です。
これは私にとってもドンピシャに好みのシチュエーションで、迫真性があってなおかつ蕩けるようにロマンティックな、見事な描写が波状的に繰り出され、目が回るようです。

最後にソヨンは、足許の丸山の後頭部に、片方ずつ足を載せ、丸山のタワシのように硬く短い髪の毛を足拭きマット代わりにして、靴底の土落としの仕上げをした。
ザサッ・ザサッ・ザサッ。丸山には、このソヨンの靴底と自らの後頭部に生えた頭髪とが擦れ合う音が、まるで頭蓋骨の中まで直接伝わって来るかのごとく、誇張されて大きく聞こえた。
この瞬間が、丸山にとって一番幸福な瞬間だった。それはまるで、彼が心の底から崇拝するご主人様が、自分の心底からの忠誠心をお認めになられて、褒めて頭を撫でて下さっているように感じられるからだ。彼にとっては、靴底で頭を撫でられているこの刹那は、殆ど生き甲斐の証明とさえ言ってよかった。
(あぁ、ソヨン様…このお方にお仕えして、俺は本当に幸せな奴隷だ…)
丸山は嬉しさのあまり思わず綻んでしまう口元を必死に引き締め、「ありがとうございました!」と、頭を靴底で撫でてくださったお礼を言い、床を押す額にさらに力を込めるのだった。


『パク・ソナ』の名前が出た瞬間、足許の倭奴たち全員に、雷に打たれたような衝撃が走った。全ての倭奴が地面を押す自らの額にこれまで以上に力を込めた。(中略)
「あら、私の名前を聞いただけで、顔が地面にのめり込んじゃった(笑)」(中略)
「そうだ、最後にこいつらの頭を踏んであげていただけませんか。倭奴は韓国人・特に韓国の貴族女性に頭を踏まれることを『名誉なこと』として喜ぶんです」
ソナは苦笑しながら、足許に土下座して整列している倭奴どもの後頭部を、一人一人軽く踏み下してやった。


拙作「父の車で」などでも表現しましたが、私自身この、「上位者の靴の下に頭を位置させようとする」「ご褒美としての答礼(頭を蹴るか踏みつける)」というシチュエーションがも本当に大大大好きで、本作はその表現が実に美しく見事でたまらないですね。
本作は波状的なスクビズム表現のオンパレードですが、スクビズムの五類型のうち第三類型(股倉への崇拝)だけは見られません。
これはソヨン、ソナ姉妹をはじめとする貴族女性の処女性を重視する、アテナ、アルテミス崇拝の傾向(侍童願望パジズム)の表れであると思われます。
このあたりも私のセクシャリティにドンピシャリとはまります。

このような新たな「神話」が連載中であることがうれしい。
久々に「生きていてよかった」「日本人チョッパリに生まれてよかった」と心から思える小説に出会えました。
今後も楽しみです。
韓国崇拝に興味がない方も、マゾヒストであれば、ぜひ読んでいただきたい名作です。
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