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マゾヒズム文学の世界

谷崎潤一郎・沼正三を中心にマゾヒズム文学の世界を紹介します。

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谷崎潤一郎全集全作品ミニレビュー 第八巻

谷崎潤一郎全集の全作品につき、ミニレビューをつけてご紹介しています。
使用している全集は、中央公論社昭和五十六年初版発行のものです。

マゾヒストにとって特に性的な刺激の強い作品については、チャートを設け、①スクビズム(下への願望)、②トリオリズム(三者関係)、③アルビニズム(白人崇拝)の三大要素につき、3点満点で、どれだけ刺激が強いかを表示します。また、その作品にどのような嗜好のマゾヒズムが登場するのかを、「属性」として表示します。

三大要素についてはこちらをご参照ください。



愛すればこそ
初出:大正十年十二月号「改造」、大正十一年一月号「中央公論」(続稿原題「堕落」)
形式:戯曲
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
橋本家
ワ゛イオレツト・カフエエ
山田の家
登場人物
橋本澄子
山田
三好數馬
澄子の母:牧子
澄子の兄:圭之助
秀子
刑事

スクビズム☆☆☆
トリオリズム★☆☆
アルビニズム☆☆☆
属性恋人が第三者の男性に隷属し陵辱される(トリオリズムM第二形式)


1967年に「堕落する女」と改題され映画化された衝撃的な戯曲。
トリオリストの文豪である谷崎ですが、恋慕の対象となっている女性が第三者の男性に隷属し陵辱されることを悦ぶトリオリズムM第二形式に該当するめずらしい作品です。
名家の令嬢である澄子は芸術家志望の不良青年山田に夢中になり、周囲の反対を押し切って結婚し、日常的に暴力を振るう山田に精神的に隷属し、売春を強要されます。
澄子を一途に慕う三好數馬は澄子を救おうとしますが、澄子は山田の命令で數馬にも体を売り、それを山田から澄子の心を奪ったと勘違いした數馬(=善)に山田(=悪)が真相を告げ、悪が善に完全勝利します。
「愛情の一方通行」のせつなさ、惨めさが味わい深い作品。


或る罪の動機
初出:大正十一年一月号「改造」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正期)
登場人物
博士
書生:中村
F探偵

犯罪小説。
恩人である博士を殺害した書生の動機の告白。
自分を善人だと思い込んでいる人間に対する憎悪が表明されており、白樺派を中心に大正時代をリードしたヒューマニズム文学に対するアンチテーゼの一つ。


奇怪な記録
初出:大正十一年一月号‐二月号「現代」
形式:短編小説(未完)
時代設定:現代
舞台設定
大傳馬町前の停留所(現在の中央区日本橋大伝馬町)
尾張町(現在の中央区銀座五丁目、六丁目付近)
登場人物
私(村上彌吉)
娘(光代)
伯母

未完に終わったミステリー。


蛇性の婬
初出:大正十一年二月号-四月号「鈴の音」
形式:映画台本
時代設定:平安時代あたり
舞台設定
紀伊の國三輪が崎(現在の和歌山県新宮市)
大和の國初瀬寺近く(現在の奈良県桜井市)
登場人物
あがたの眞女兒まなご
豊雄
眞女兒まなごの侍女
豊雄の妻:富子
富子の父
法海和尚
鞍馬寺の法師
當麻酒人たぎまのきびと

トーマス栗原こと栗原喜三郎が大正活映で監督した大正十年製作・公開映画の台本。
原作は上田秋成の「雨月物語」の一篇。


青い花
初出:大正十一年三月号「改造」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
尾張町(現在の中央区銀座五丁目、六丁目付近)
新橋駅
横浜山下町
登場人物
岡田
阿具里あぐり

スクビズム★☆☆
トリオリズム☆☆☆
アルビニズム☆☆☆
属性財布奴隷、幼*児退行


明らかに当時の谷崎の愛人で義妹のせい子を思わせる西洋風の少女・あぐりと買い物デートを楽しむだけのあっけない短編。
しかしその中に谷崎とせい子の関係がどのようなものであったかをうかがわせる記述がちりばめられています。

新しい、軽い衣裳を彼女に着けさせ、所謂いわゆる紅巾の沓を穿かせて、可愛い小鳥のように仕立てゝ、楽しい隠れ家を求めるべく汽車に載せて連れて行く。青々とした、見晴らしのいゝ海邊の突端のヱ゛ランダでもよし、木々の若葉がぎらぎらとガラス戸越しに眺められる温泉地の一室でもよし、又はちょいと気の付かない外國人町の幽暗なホテルでもいゝ。そこで遊びが始まるのだ、自分が始終夢に見て居る――たゞそのめにのみ生きて居る――面白い遊びが始まるのだ。……その時彼女は豹の如くに横はる、……くび飾と耳環を附けた豹の如くに横はる、……子供の時から飼い馴らした、主人の物好きをよく呑み込んだ豹ではあるが、その精悍と敏捷とは屢々しばしば主人を辟易さす。じゃれる、引ツ掻く、打つ、跳び上がる、……果てはずたずたに喰ひ裂いて骨の髄までしゃぶらうとする、……あゝその遊び!考えたゞけでも彼の魂はエクスタシーに惹き込まれる。彼は覺えず興奮の餘り身ぶるいする。


谷崎がせい子と出会ったのはせい子が十三歳のときです。
「子供の時から飼い馴らした、主人の物好きをよく呑み込んだ」せい子は相当に幼い頃から温泉旅館やホテルなど様々な「隠れ家」で「面白い遊び」を行い谷崎のマゾヒスティックな願望をかなえていたことがうかがえます。
あぐりにとって岡田は「財布」にすぎません。
このあたりも谷崎とせい子の関係の反映でしょう。

此の男は馬鹿々々しいほどあたしの愛に溺れて居たから、あたしが今ポツケツトからその金を出し、好きな物を買ひ好きな男と浮気をしても、あたしを恨む譯はないから、――あぐりは自分に云ひ譯しながら、ポツケツトから金を取り出す。たとひ化けて出て来たにしろ此の男なら恐ろしくはない、幽霊になつてもきつとあたしの云ふ事を聴くだらう。あたしの思ふ通りになるだらう。……
「(略)そら御覧、(と、そのスカートを捲くつて見せて)お前の好きな私の脚、――此の素晴らしい足を御覧、(略)あたしはまるで天使のやうに立派ぢゃなくつて?」


このように谷崎はあくまでも現実の女でもって願望をかなえ、その体験を作品にした究極の「実践派」です。
しかし、その崇拝の対象が「現実の女」なのかというと、それはこの時期の作品で繰り返し否定されています。
本作も短いながら以下の重要な記述があります。

彼はあぐりを愛しているのか?さう聞かれたら岡田は勿論「さうだ」と答える。が、あぐりと云うものを考える時、彼の頭の中は恰も手品師が好んで使ふ舞臺面のやうな、眞ツ黒な天鵞絨びろうどとばりを垂らした暗室となる。――そしてその暗室の中央に、裸體の女の大理石の像が立つて居る。その「女」が果たしてあぐりであるかどうかは分からないけれども、彼はそれをあぐりであると考へる。少なくとも、彼が愛して居るあぐりはその「女」でなければならない。――頭の中のその彫像でなければならない、――それが此の世に動き出して生きて居るのがあぐりである。


キプロス王ピュグマリオンが女神アフロディーテを似せて作った象牙の彫像に恋い焦がれ、アフロディーテがそれを憐れんで彫像を「此の世に動き出して生きて居る」ガラテイアにした。
ピュグマリオンはガラテイアを愛するが、その向こうには美のイデアたるアフロディーテがいる。
谷崎の愛した現実の美女は常にガラテイアであって、「此の世に動き出して生きて居る」偶像、人形であり、美のイデアの模倣にすぎません。
これをドミナとマゾヒストという人格と人格の恋愛物語としてとらえることは、谷崎自身が拒んでいるのです。
Jean-Léon_Gérôme,_Pygmalion_and_Galatea,_ca_1890
ジャン=レオン・ジェローム「ピグマリオンとガラテア」


永遠の偶像
初出:大正十一年三月号「新潮」
形式:戯曲
時代設定:現代(大正期)
舞台:植村のアトリエ(東京、田端あたり)
登場人物
植村一雄
一雄の弟:次郎
光子
光子の妹:八重子
渡邊
光子の姉・渡邊の妾:お絹

スクビズム★☆☆
トリオリズム☆☆☆
アルビニズム☆☆☆
属性調教、足


長女:お絹、次女:光子、三女:八重子の美女三姉妹がそれぞれ相場師の渡邊、芸術家の植村、植村の弟の次郎を夢中にさせ、嬲り、弄びます。
お絹と光子が「調教談義」に華を咲かせるくだりは何度読んでもゾクゾクします。

光子 さうよ、植村だつて私が可愛くつて仕様がないのよ、其のくらゐなら、絶対的に服従すればいゝんだけれど、……
お絹 あのくらゐ服従させてれば澤山ぢゃないか、光ちゃんの前ぢゃまるで頭が上がらないんだから、(略)
光子 姉さんだってさうぢゃないの、何を云はれたツて渡邊さんは小さくなって居るぢゃないの。さう云つちゃ悪いけれど、あの道楽者のおやぢをよくあれまでに仕込んだもんだ、姉さんの腕はえらいもんだつて、植村が感心していたわ。
お絹 ふん、さうかい、さう云ってたかい、――お前さんも追ひ追ひ仕込んでおやりよ。
光子 そりゃ私だつてちゃんと考へてるわ、もう大分仕込んでやつたの。


十五六歳の少年である次郎の、十四五歳の美少女である八重子に対する純粋な恋は、「恋を知る頃」の伸太郎を思わせます。
女学校を辞めて女優を目指し、家事を碌に手伝わず、花札が好きなませた八重子はやはり少女時代のせい子がモデルになっています。


彼女の夫
初出:大正十一年四月号「中央公論」
形式:戯曲
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
東京
登場人物
黒田
黒田の妻:小夜子
瓜子
高村賛吉
河合

スクビズム★☆☆
トリオリズム★★☆
アルビニズム☆☆☆
属性財布奴隷、第三者とのデート代を支払わされる、年下カップルに愚弄される

夫の体を案じ一途に尽くす妻の小夜子には暴行を含む虐待を働き、美しい不良少女の瓜子の言うなりになるという、この時期の谷崎の私生活の状況をそのまま反映した作品群の一つですが、黒田が世話をしている若い作家:高村賛吉と瓜子が半ば公然と交際し、黒田を「財布」にしているシチュエーションがトリオリストとしてはたまらないです。

瓜子が黒田のデスクの上に腰かけて椅子に腰かけている黒田との物理的スクビズム関係をつくり、金時計を取り上げて、黒田には金作のために仕事を仕上げるように命じて高村とデートに出かける(おいてけぼりにする)ラストシーンが本当に美しいです。
瓜子 高村さんも音楽會へ行くつて云つて居たんだから、さうなれば私誘つて行くわ。――さあ、ぐづぐづしないで出して頂戴よ、(手を差し伸べる)ね、好い兒好い兒、ほんとうに好い兒、
(黒田、黙つて時計を彼女に渡す。)




お國と五平
初出:大正十一年六月号「中央公論」
形式:戯曲
時代設定:江戸時代
舞台設定
野州那須野が原(栃木県大田原市あたり)
登場人物
お國
五平
池田友之丞

スクビズム☆☆☆
トリオリズム★☆☆
アルビニズム☆☆☆
属性カップルに殺される

お國の夫:伊織を殺害し逃亡した池田友之丞に対する復讐を期して伊織の家臣の五平とお國が全国を旅するうち恋仲になり、ついに友之丞に復讐を果たして結ばれます。
しかしよく考えると五平がお國と結ばれることは伊織に対する不忠です。
不忠を犯しておきながら忠義を大義にして友之丞を誅殺するのは矛盾しています。
友之丞がその点を指摘すると、五平はそれを認めつつ、自己の利益のために友之丞を殺します。
人妻を慕って夫を殺した露骨な悪人の友之丞に、忠義を装って自らの幸せのために友之丞を殺す真の悪人(偽善者)である五平が勝利する。
やはり真の勝者は「悪」です。

さて、友之丞は広島から逃亡し、お國と五平はそれを追って旅に出るのですが、実は友之丞はお國を慕うあまり誅殺される危険を承知で虚無僧に変装して逆に二人を追っていきます。
自分の命を狙っているカップルをストーキングする旅路、一人だけど一人じゃないせつない旅路、トリオリストなら憧れますよね。


本牧夜話
初出:大正十一年七月号「改造」
形式:戯曲
時代設定:現代(大正期)
舞台設定:横浜本牧海岸
登場人物
初子(ミセス・ローワン)
初子の夫:セシル・ローワン
ジャネット
フレデリツキ
彌生(初子の異父妹)
アレキシフ

スクビズム★☆☆
トリオリズム★☆☆
アルビニズム★★★
属性白人崇拝、カップルの家事奴隷

大正十年九月、谷崎は小田原から外国人が多く住んでいた横浜市本牧宮原に転居し、憧れであった西洋的な生活を始めます。
ここで谷崎の西洋崇拝、白人崇拝は爆発し、この時期数多くの白人崇拝作品を生んでいます。
本作はその本牧を舞台にした戯曲。
ハーフの白人男性の妻となった卑屈な日本人の初子と、金髪碧眼の白人美女ジャネットとの対比が、非常に美しい作品。
初子のジャネットを象徴とする純粋白人を仰ぎ見る心地の表現が生々しい。

――ほんとにまあ、西洋人と云ふ者はどうしてあんなに奇麗なのかしら?色が抜けるように白くつて、姿がよくつて、――私なんか耻ずかしくて側へも寄れやしない。
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スーザン・ピーターズ


谷崎の西洋崇拝が人間の価値は外見の美醜によって決まるという「美尊醜卑」の価値基準に基づく当然の帰結であることがわかります。
初子は夫が自分を捨ててジャネットと結ばれた場合には女中として白人カップルに仕えることを望みます。

捨てられたら私、外に行く所はないんだしするから、臺所の隅にでも置いて貰つて、コツクにでもアマさんにでも使つて貰ふからいゝ。私なんぞにゃ其の方が相當してゐるんだから。


本作の中で人物たちは外見の美醜を主な基準にしたヒエラルキーを形成しています。
頂点にいるのはジャネット、次がハーフの美青年でニューヨークの富豪の息子であるセシル、次が不良ハーフのフレデリツキ、次が醜いハーフの彌生、次が純粋な日本人の初子、最下層が孤独な老人のアレキシフです。
恋愛感情はヒエラルキーの下から上にしか向かいません。
セシルとフレデリツキはジャネットを慕い、彌生はフレデリツキにまとわりつき、初子は一途にセシルに尽くし、アレキシフは初子に思いを寄せます。
終盤、彌生が濃硫酸をジャネットの顔にかけようとして、結局セシルと初子の顔にかかるという事件が起こります。
セシルと初子はヒエラルキーの最下層に転落し、ジャネットはセシルから次点の存在であったフレデリツキに乗り換えます。
セシルには初子だけが残り、同じ階層となった夫婦で仲良く暮らしました…とはなりません。
醜い姿になって捨てられてもセシルはジャネットを慕いつづけます。
谷崎作品において美醜のヒエラルキーは絶対である一方、人物の美醜が事故や経年によって変化したら、そのヒエラルキーはあっさりとひっくり返されるのです。


愛なき人々
初出:大正十二年一月号「改造」
形式:戯曲
時代設定:現代(大正期)
舞台設定:東京
登場人物
梅澤要次郎
小倉
お杉(梅沢の妻、後に小倉の妻)
玉枝(梅沢の後妻)

大正十年に谷崎が妻の千代を佐藤春夫に譲渡しようとした事件を題材にしてた戯曲。
本作では譲渡は実現しますが、関係者は凋落して破滅していきます。


白狐の湯
初出:大正十二年一月号「新潮」
形式:戯曲
時代設定:現代(大正期)
舞台設定:山奥の渓流のほとり

登場人物
角太郎
お小夜
お小夜の母

ローザ
召使の老婆
ミスタ・ケリー
巡査

スクビズム★★☆
トリオリズム★☆☆
アルビニズム★★★
属性待童願望、白人崇拝

「恋を知る頃」に描かれた性徴前の少年が若く美しい女性を仰ぎ見る待童願望パジズムと白人崇拝をミックスした美しすぎる戯曲。
奉公先の神戸で出会ったローザを慕うあまり「狐憑き」の状態になった角太郎の恍惚、現実のすべてを捨ててローザだけが「世界」となる角太郎の忘我の境地こそ、谷崎のマゾヒズムの理想ではないでしょうか。

……あれ、あれを御覧。……ローザさんがせつせと體を洗つてゐる。……あゝ、お湯の中に月があんなに射してゐるよ。湯壺がまるで水晶のやうに透き徹つて、……ローザさんの體ぢゅうが雪のやうに照つてゐるよ。雪ぢゃあない、銀だ。銀のやうに眩しくきらきら光つてるんだ。……あゝ、今髪の毛をさらさらとしごいてゐる。……あれ、あれを御覧、……ローザさんの髪の毛が、金色の髪の毛が、お湯の中で月に映つてゐるぢゃあないか。あんな綺麗なものが、……あれでも人間の髪の毛なんだよ、……(略)……お小夜ちゃん、あれを御覧よ、あの眞つ白な襟頸を御覧よ、あれでも人間の肌なんだよ。……


(彼女の前に跪き、白繻子の沓を穿いた足を自分の膝の上にのせ、又そのルビーに觸つて見る)あゝ、ほんたうだ、此れもルビーだ、まあ、何と云ふ可愛い綺麗な沓なんだらう。




アヱ゛・マリア
初出:大正十二年一月号「中央公論」
形式:中編小説
舞台設定:横浜山手
登場人物
「私」(ミスタ・エモリ)
早百合子
K
ニーナ
ミセス・W
ワシリー
ソフィア

スクビズム★★★
トリオリズム★☆☆
アルビニズム★★★
属性白人崇拝、奴隷願望、財布奴隷、靴磨き、足、恋人のいる女性に奉仕する、美少年崇拝、宗教的崇拝

「饒太郎」と並び、谷崎が自らのマゾヒズムの本質を語る最重要作。
本牧での体験を基に、亡命ロシア人の美女ニーナに対する一方的な恋慕、貧しいスラブ系難民の幼い姉弟に対する慈愛を装った崇拝を通して白人崇拝表現を爆発させています。
本作を読めば谷崎の西洋崇拝の本質が、西洋先進文明に対する憧れではなく、白人の「白い肌」の、その「白さ」に対する崇拝であることがはっきりとわかります。
白人美女ニーナを目の前にしたエモリの嘆賞です。

「すつきりとした體つきの、圓くムツチリ肉を盛り上げた肩から襟へかけての肌は、若い女の夏の肌だ」とそれだけ云へば十分である。そしてその両側にしなやかに垂れてゐる腕、腕と腕との間に挟まつて薔薇色の服の下からせツせと呼吸してゐる胸――小柄な私はそこに立ち塞がつてゐるその胸の中へ吸い込まれてゞも行くやうに感じて、自分の貧弱さがしみじみと悲しくなつて、人種と云ふものゝ餘りな相違に、不思議な恐れをさへ覚えながら、鼻をついて来る香水の匂を避けるやうに後退りする。……あゝ、その相違が身の丈だけの相違ならいゝのだけれど、……私の頤が彼女の肩のところにあると云ふだけの事ならいゝのだけど、……あの白い肌の中にある白い心は、此の褐色な肌の中にある褐色の心の戀からは、とても及ばぬ高い所にあるのではないだろうか?……
無題


私はお前の美しい白い體が、何處へ行つても茶色の顔と茶色の家とがうようよして居る日本の街に、斯うして次第にくすぶつて行くのを見るに堪へられなかつたのだ。


エモリはニーナに対する奉仕をせっせと実践していきます。

それは決して彼女の方から強ひたのではない、私が進んでさう云うお勤めをやらせて貰ふやうに望んだのは事實だ。
「やらせてくれと云ふのならそれは誠に有難い、篤志な事だ、ではやつて貰ひませう。」
さう云ふのが彼女の態度であつたし、それでも私には愉快だつた。一例を舉げると私は時々、彼女の汚れた白靴が廊下などへ置いてあると、先ず自分の靴を研いて、そのついでのやうにして彼女の靴へもクリームを塗つてやつた。彼女は最初は
「そんな事をするには及ばない、お前に済まない。」
と云つた。二度目には「ほんたうに気の毒だ、有難う」と云つた。三度目にはたゞ「有難う」になつた。そしてしまひには私がせつせと研いてゐる間、用もないのに自分は部屋へ閉ぢ籠つて知らない顔でゐるやうになつた。わざと私の眼につく場所へ汚れた靴が置いてあることもあつた。
「ミスタ・エモリ!私は今日忙しいからちょつと研いて置いておくれ。」
と、彼女の方から云ひつけるやうにさへなつた。その外毎日のやうに催促にやつて来る食料品屋、自動車屋、洋服屋、小間物屋などの借金取りに、居留守を喰はせて私が代りに言譯をすること。三度に一度は立て換えること。一緒に散歩に出て飯を食ふこと。活動寫眞を見ること。それらの勘定は私が拂ひながらやゝもすると彼女からも第三者からもガイドなみに扱はれること。


後半、ニーナを失ったエモリは、中流以下の西洋人が住むアパートに転居し、ソフィアとワシリーという貧しいスラブ系難民の幼い姉弟を崇拝対象にします。
映画スターのように華やかに着飾った瀟洒なニーナと違い、ぼろきれの様な服を着て風呂にも碌に入っていない貧しいソフィアとワシリーをエモリがあっさりとニーナに代わる崇拝対象に据えたことからも、谷崎の西洋崇拝の本質が西洋文明に憧れる貴族趣味ではなくてあくまでも人種的特徴である白い肉体に対する憧れであることがうかがえます。
白人であれば、肌が白ければ、それでいいのです。
話はエモリの幼少時代、マゾヒズムの目覚めに移っていきます。
幼少時代からエモリには崇拝する「対象」がありそれは人とは限りませんでした。
最初はなんと小さな白い角力の人形、白い南京鼠、蟻、小僧の足、尋常小学校に行くと級友の少年を牛若丸に見立て、十歳になってようやく二つか三つ年上の油屋の娘が崇拝対象になります。
エモリは言う。
彼の崇拝対象は一貫して「白」であり、角力の人形も、油屋の娘も、映画スターも、早百合子もニーナもソフィアもワシリーも、「白」の「一時の變形に過ぎない」。
では「白」とは何か?
「白」とは「私の生命が永久に焦れ慕つて已まないところの、或る一つの完全な美の標的」であるという。
つまり美のイデア、アフロディーテである。
やっぱり谷崎の崇拝対象はここに帰結します。
白人崇拝の端緒も語られています。
それは幼少期にクリスチャンであった祖父の家で見た聖母マリア像。
心の奥にしまい込まれた白人女性像に対する畏敬が、横浜移住で甦ります。

私が此の夏横濱へ引き移つて、朝夕西洋の女の顔を見るやうになつてから、幼い頃のマリアの像がいつか私の記憶の底に甦つてゐたであらうことを、誰が否定することが出来よう。ニーナや、ビーブ・ダニエルや、グロリア・スワンソンや、――私はその女たちの目鼻立ちに一つ一つマリアの俤を仄かに感じ、今も昔と同じやうな畏れを以て、及びも付かぬ高さにあるものを仰ぐやうに眺めてゐたのだ。そしてその気持は、――私は正直に白状するが、ソフィアを知るやうになつてから猶更強く溢れて来たのだ。
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グロリア・スワンソン


ニーナに対して上記のような奴隷的奉仕を実行したエモリが、「及びも付かぬ高さにあるものを仰ぐやう」な気持ちがニーナよりも「猶更強く溢れて来た」という少女ソフィアに対してどのように扱っていくのか、期待を膨らませたところで物語は終わります。

プレイボーイクラブ

夕方、飯田橋のファーストフード店の2階。
いつものようになるべく美人の横の席を探す。
もちろんカップルでもいい。
いた。
大学生くらいのカップル。
男も女も華美なところはなくさわやかでスマートだ。
美しい。
さりげなく取り澄ました顔で隣の席に陣取り、タブレットを弄りながらチラチラと盗み見をして話を盗み聞く。

女「ねぇ、いじめ自殺だって」
男「ああ」
女「いじめ、したことある?」
男「うん…」
女「あるよね、ない人いなくない?」
男「うん…」
女「よかった、ナオもあるんだ、いじめたこと」
男「まあね」
女「いつ頃このこと?」
男「小学生」
女「やっぱそんぐらいときはするよね、私もそんぐらいんときよく僻んでくるこいたからいじめてたことある」
男「ふーん。でもさ、俺が小学生の時やってたこと聞いたら引くと思うよ」
女「えーそんなガチなやつ?」
男「ガチっていうか」
女「教えてよそこまで言うなら」
男「ユウトいるじゃん?」
女「うん」
男「あいつとさ、もう一人の同級生の3人でさ、なんつーか、クラブ見たいなの作ったのよ」
女「クラブ?」
男「うん」
女「何するクラブ?」
男「まぁはっきり言うと、グループ交際」
女「ふーん」
男「クラブにかわいい女子勧誘して、休み時間とか放課後とか休みの日に遊んでた」
女「なるほどね、ハーレムか」
男「ハーレムってほどじゃないけど、女子のメンバーは最大で8人だったな。同級生が6人で、2人はませた5年生。こっちから勧誘したのは5人で、あとの3人はクラブに入りたいっていってきた子を集めてオーディションしていれた。クラブの名前があってさ」
女「うん」
男「プレイボーイクラブ」
女「ダサッ!うそでしょ?」
男「小学生のセンスだからさ」
女「それで遊んでただけ?」
男「うん、小学生だから最後まではいかないけどさ、キスしたり、触り合ったり」
女「ふーん、で、そのクラブでいじめ?」
男「うん。休み時間とか放課後はさ、空き教室ってけっこうあって、そこでキスしたりしてたんだ」
女「まーその年頃ってキス覚えたてだからいつでもどこでもしたくなるよね」
男「うん。でさ、やっぱ誰かくるんじゃないかって気にしながらだと楽しめないから、交替で見張りしてたんだけど、やっぱみんなで楽しみたいよねってなって、見張り役のメンバーを入れようってなって。他のやつらにいじめれてたやつに声かけて、守ってやるからクラブに入れっていって、そいつに見張りやらせたのよ。最初は見張りだけだったけど、だんだんパシリみたいなこともやらせるよになってさ。まー集団心理だよな。集団の中にいじめても大丈夫なやつがいると、小学生くらいだとだれからともなくいじめになるじゃない。あれよ。どこまでやっても大丈夫なのか試してみたくなるっつーか。金も貢がせたし、万引きもさせた。そんでそいついじめてると見張りがいなくなるからってんでメンバー増やすことになって、そいつに勧誘させたら2人連れてきて、その2人にも勧誘させて結局男子5人のパシリメンバーになったのよ」
女「えー待って設立の男子メンバーは3人でしょ、女の子が8人で、パシリが5人?」
男「いや、最大はもうちょっと大所帯。だんだん噂が広がってさ、パシリメンバーに自分から志願してくるのも出てきたのよ。もともとかわいい女の子独占するためにつくったクラブだから男子の正規メンバーは増やす気なかったんだけど、パシリでいいから入れてくれっていうやつらも出てきて。」
女「は?マゾじゃん。」
男「うーん。いじめられるやつは結局誰かにいじめられるし、俺らは別にヤンキーってわけじゃなかたから、わけわかんねー調子乗ってるやつらにいじめられるんなら俺らのクラブの子分になりたいってゆー、憧れみたいなものがあったのかな。あと、クラブの女子は結構学校の中でアイドルみたいな存在になってたからファンみたいな心理だったのかな。それで、無理やりクラブに強制加入させてるつもりだったのが、いまいるパシリはどう思ってんだろうってなって、1週間に1回正規メンバーでいらないパシリ投票して多数決で決まったやつやめさせるってしたらマジで必死こいて媚びるし、金持ってくるし、金ないやつは万引きしてくるし。8人いる女子メンバーの票はでかいから当選しそうなやつは優しい女子メンバーに泣いて土下座しながら頼んでて。他のやつが正規メンバーの不満言ってたとかって密告して売ろうとするやつもいて、もう必死すぎて笑うしかなかった。追放投票は無記名投票だから、結局正規メンバーに気に入られるか、金の面も含めて使えると思われるしかない。そうなるとさ、もうこっち側に歯止めが利かなくなるんだよね。」
女「エグ…女の子もノリノリでいじめてたの?」
男「うん。今思うとね。放課後になると、パシリは先に空き教室に集まって掃除とかしてて、俺ら正規メンバーが集まってくると土下座して挨拶して、とりあえず正規メンバーは気が済むまでキスしたり触り合ったりするんだけど、飽きてきたらゲーム感覚でいじめがはじまるんだよね。最後に入ってきたちょっと幼い感じの5年生の女子がいてさ、元々クラブのメンバー男女のファンみたいなことやっててオーディションで入ってきて、その子がいじめにノリノリで、自分も入れた8人の女子メンバーにいじめ方の担当を決めたのよね。今思うとほんとバカみたいだけど、ポケモンとかにさ、それぞれ得意な種類の攻撃あるじゃん、「ほのお」とか「みず」とか。それをさ、8人の女子一人一人に決めるのよ。なんとかちゃんは針とか、なんとかちゃんは水責めとか、なんとかちゃんは脚綺麗だから蹴りとか。」
女「ちょとまって、針って何?水責めってなに?ドン引きなんだけど」
男「針っつても安全ピンだな。パシリを上半身裸にして安全ピンを体中につけるんだけど、最初は俺ら男子のメンバーが遊びでやってたんだけど、ある子が担当になって、なんつーかその子が安全ピン管理してパシリに安全ピンつける権限をその子が持ったって感じかな。その子がメンバーに安全ピン渡したらパシリに安全ピンつけていいよって意味で、他のメンバーがパシリに安全ピンつけたかったらその子に「なんとかちゃん安全ピンいい?」みたいな。あとその子がパシリに直接安全ピン渡したら自分でつけろって意味で。3本渡して「左耳、唇、胸。」とか場所だけ指定する、みたいな。もらったパシリは一本ごとにその子にお礼言ってたな。」
女「水責めは?」
男「基本空き教室の掃除させてたから、常に水入ったバケツあるのよ。それに限界まで顔をつけさせて、時間計って、パシリの中で争わせて、その順位をさ、ダービーとかいって予想してたりして遊んでたのよ。あとは、女子メンバーがパシリを指名して、秒数言って、その秒数パシリが水に顔つけていられたら成功で、その子は好きな男子メンバーとその秒数キスできるってゲームもして。みんなまあ限界ぎりぎりかなって秒数言うわけよ、1分とか2分とかさ。でもその子何の気なしに5分って言ったのよ。みんなその子に「うわぁきちく!あくま!」とかいって盛り上がって、しかも指名したパシリに「できるよねっ」とか言って念押しして、そいつ4分くらいまでがんばったけどダメで、死にそうになってんのにその子に泣きながら頭つけて謝ってて。それがクラブん中で伝説化してその子が水責め担当になって、バケツに顔突っ込ませる秒数決めるようになったのよね」
女「ありえないんだけど…」
男「どうなんだろ。お前、クラブの中にいたらとめたり、自分だけ参加しなかったりした?」
女「うーん…」
男「集団の中にいるとさ、その集団の中で行われてることが当たり前になるんだよね。小学生だし、俺達どこまでできるんだろうっていう好奇心があるからエスカレートするし。女子は女子でさ、いじめる男子といじめられる男子だったらいじめる方をかっこいいと思う年頃だし、そのかっこよくて強い男子の側に自分がいるっていう優越感みたいなのもあるし。そういう気持ちなかった?」
女「あったかも…」
男「そういうもんよ。」
女「クラブってどうなったの?」
男「卒業までそんな感じで終わったね。ユウトとは今も友達だけど、他のメンバーとは連絡とってない」
女「ふーん」
男「ひいたでしょ?」
女「軽くね。私はいじめしてたけどナオはそういうことしなかった人なんだろーなーと思ってたから。なんかナオの知らなかった面が知れてよかった」
男「よかった。じゃ、行こっか」
女「うん」

私も帰るとする。
安全ピンはコンビニに売ってるかな?

H家の人々

あなたが初めて谷崎を読んだのはいつ頃ですか?
私は中学生の時に文学全集で「刺青」を読んだのが初めてでした。
その後すぐに「少年」を読んで、それからは「谷崎の子」となって今に至っています。
小説を読んだ人は、登場人物や舞台を自分の記憶にある人や場所を基にイメージします。
実際に会った人、行った場所ではなくて映像や写真でみた記憶を基にする場合もあるでしょう。
私は「少年」を読んだ時に、主人公の同級で良家の子息の塙信一という人物と、舞台になっている塙家の屋敷を、容易にイメージできました。
基になる「記憶」があったのです。
今回はその「記憶」にまつわる話をしようとおもいます。

私の生家の近くに、医師の一家の大きな屋敷がありました。
住んでいたのは医師のご主人と奥様、坊ちゃん、ご主人のご両親の5人家族でした。
仮にH家とします。
奥様は大きな医療法人の理事長の令嬢で、ご主人は奥様の父上のの後継ぎとなっていたようです。
私の3つ下の弟が坊ちゃんの同級生で、親友でした。
精神年齢が低く自分の同級生と遊ぶのが嫌だった私は、小学4年生くらいから毎日弟と屋敷に行って坊ちゃんと3人で遊んでいました。
屋敷は庭付き、2階建てで坊ちゃんの個室を含めたたくさんの部屋があり、トイレは上下階に1つづつありました。
本当に毎日行っていてカードゲームをしたりマンガを読んだりして5時ごろに帰宅しました。
リビングでもキッチンでも坊ちゃんの部屋でも廊下でも庭でも自分の家のように自由に出入りしていましたので、間取りから椅子や机、ゴミ箱の位置までいまでもよく記憶しています。
私は学校で優等生としてある程度知られていて、乱暴なこともしないので奥様に気に入られていました。
私が来ていると坊ちゃんに気を配る必要がなくて安心していたようです。
行くといつも歓迎されていたので、屋敷で遠慮したり気を遣うようなことはありませんでした。
奥様は本当に令嬢らしいおっとりした浮世離れした人で、家事もほとんどお手伝いさんに任せていました。
何度か奥様といっしょに料理をいっしょにさせてもらったこともあります。
ご主人は威厳のある人で、屋敷にご主人がいると少し緊張しました。
当然坊ちゃんも育ちがよくおっとりしているけど、子供らしい無邪気なかわいさのある少年でした。
坊ちゃんはご主人を「お父様」、奥様を「お母様」、ご主人のご両親を「おじい様」「おばあ様」と呼んでいました。

さすがに私は6年生になった頃から屋敷には行かなくなり、中学生になって「少年」を読み、坊ちゃんと屋敷をイメージに援用し、自慰を繰り返しました。
屋敷には光子のような令嬢はいませんでしたが、そこはいくらでも理想の少女を持ってくることができます。
それよりも塙家の屋敷という舞台のイメージの基になる記憶が詳細に頭に入っていたのは大きかったですね。
「少年」を契機とする妄想は果てしもなく続いていきますが、その妄想の舞台は常に家の目の前にある、今は訪問することもないあの屋敷でした。
次第に、「少年」の設定と直結する妄想とは別に、もっと私の「記憶」に直接関わる妄想が生まれてきました。
まだ生家に住んでいたので、目の前に屋敷はあり、ご一家もそこに住んでいました。
直接そのH家の人々を妄想の対象にしたのです。
妄想の中で私は、懐かしい屋敷の床に這い、懐かしいご一家に傅いて奉仕していました。
弟といっしょに「おもちゃ」としてご主人と奥様からの坊ちゃんへの誕生日プレゼントにされる妄想。
一日中の玄関の土間に這って靴や床タイルを磨き続けたり、トイレの中で便器にへばりついて一心不乱に磨き続ける妄想では、例によって主人一家の前でぴったりと顔面を床につける土下座と後頭部や項に靴やスリッパで踏みつけてもらう妄想が付随しました。
H家が我が家に莫大な債権を有しており、利子免除に変えて一家総出でH家に恒常的に奉仕しているなんていう設定もありました。
奥様に気に入られている私だけがご主人と奥様の寝室への入室を許され、夫婦のベッドの下に侍るという不敬極まりない妄想もしました。
物化妄想にしても、今日はあそこに置いてあった、奥様がティッシュをよく捨てるゴミ箱になろうとか、親子三人で腰かけるリビングのソファーになろうとか、洗面所の足ふきマットになろうとか、よくぞと思うほど詳細に覚えている記憶が妄想の助けになりました。

その中で、とりわけリアルな「記憶」に基づいた妄想を詳しくご紹介したいと思います。
まずは現実の「記憶」の話ですが、ある日坊ちゃんの部屋で「鬼」がおもちゃを隠して他の2人がそれを探すという宝探しごっこをしていたとき、弟が箪笥の引出しを開けて坊ちゃんのパンツがしまってある場所を見つけ、
「あ、パンツ!」なんて言った、それだけの記憶です。
私も真っ白なブリーフがきれいにたたまれて入っているのをチラッと見ただけでした。
その時は。
しかし、後年毎日毎日坊ちゃんを自慰行為の対象にするうち、その記憶が強烈なイメージとして私の妄想を刺激しました。
次のようなものです。
私と弟は3人で遊んでいるうち坊ちゃんのパンツの収納場所を見つけます。
坊ちゃんがトイレに行った隙に、2人は真っ白なブリーフを一枚ずつ取り出して顔に擦りつけ、一生懸命に匂いを嗅ぎ、坊ちゃんが帰ってくる前にたたんで箪笥に戻しました。
もちろんパンツは洗濯してあるものですから、匂いはほとんど残っていません。
それでも坊ちゃんが直に履いた下着だという事実は、甘い感覚をもたらします。
そのときから2人はもう坊ちゃんのパンツに夢中になり、坊ちゃんがトイレなどで席を外すたびにブリーフの匂いと感触を楽しみます。
あるときから2人は坊ちゃんのパンツを顔に被ることによって、それまでとは比較にならない、包み込まれるような不思議な心地よさを発見します。
坊ちゃんの股間やお尻を何度となく覆った真っ白く滑らかな布が、今は自分の顔を覆っているありがたさは、天にも昇るような心地でした。
ある日、坊ちゃんが予想外に早く部屋に戻ってきたので、2人は不意を打たれて、パンツを被っているところを見つかってしまいます。
坊ちゃんは驚いて「何やってるの?」と聞いてきます。
私はもう開き直って「Kちゃんのパンツいい匂いだから…Kちゃんの匂い」と言ってしまいました。
坊ちゃんはあきれたように「ふーん…お母様たちに見つからないようにね」と釘をさしましたが、奥様に言いつけることも、やめさせることもせず、その日はそのまま2人に自分のパンツを被らせてくれていました。
パンツの持主、履き主の坊ちゃんと、その目の前でその人のパンツを被っている兄弟の3人はその後もマンガを読んだりして過ごしましたが、私と弟はほとんどマンガなど頭に入っておらず、くんくんと鼻を鳴らしながら坊ちゃんのパンツの匂いと感触を確かめながら、呆けたように坊ちゃんを見ていました。
下着を履いて脱いでを繰り返すだけで、こんなに甘美な気持ちにさせてくれる。
股間やお尻を布で覆うだけで、こんなに魅惑的なものを作り出せる。
それを感じながら見る坊ちゃんは、今までよりはるかに偉く、ありがたく、尊い存在に見えてきます。
5時になって帰るとき、私と弟はパンツを畳んで返し、「ありがとう…ございました」といって初めて敬語で坊ちゃんにお礼を言いました。
「うん」と言って受け取りながら、自分のパンツが小一時間の間に目の前の兄弟にもたらした「変化」に感心したようでした。
私たちは坊ちゃんのパンツに初めて「礼儀」を教わったのです。
次の日はもう、私たちは屋敷に行くやすぐさまパンツを被らせてもらうように坊ちゃんにお願いしました。
2人で考えた「礼儀」は、坊ちゃんの前に正座して手をつき、お辞儀をして、まずは「昨日はパンツを被らせていただき、ありがとうございました」と改めてお礼を言い、「今日もどうかKちゃんのパンツを被らせてください」とお願いするものです。
坊ちゃんはもったいつけることもなく優しく「はい」と言って、床に顔をつけた2人の頭の上にふんわりと真っ白なブリーフのパンツを乗せてくれました。
坊ちゃんは私たちにパンツを被らせてあげれば、その分だけ私たちが従順な召使になっていくことを理解したようでした。
ある日坊ちゃんは洗濯かごの中から、昨日履いていた洗濯する前のパンツをこっそり持ってきて、弟に被らせました。
その「効果」を「実験」してみたかったのでしょう。
憧れに焦がれた坊ちゃんの「汚れもの」のパンツ。
弟は感激で体をのたうち回らせながら坊ちゃんの足もとに両手をつきお礼の言葉なのか「あうああうおあいあう!」などと声を上げながら、パンツで覆われた顔面をフローリングの床に一心不乱に擦りつけていました。
弟はこのとき精通前ながら初めて性的な絶頂に達したようです。
私はいつものように箪笥から出した洗ったパンツを被らせてもらっていたのですが、その感謝も忘れ、弟がうらやましくてうらやましくて唇を噛みました。
その様子を見た坊ちゃんは「返して」と言って私に手を差し伸べました。
後悔と戦慄。
感謝を忘れた私の不遜で不敬な態度が坊ちゃんの機嫌を損ねたのだと思い、全身が震えました。
泣きそうになりながら私は被っていたパンツを剝ぎとり、畳んで坊ちゃんの白い手に載せました。
「下向いてて」という坊ちゃんの言葉で、お礼も忘れていた非礼に気づき、あわててへばりつくように床に這いました。
自分を呪いながら涙声で必死にお礼を述べたつもりでしたが、まともな言葉にはなっていなかったことでしょう。
すると、あうあうという私たち兄弟の奇声のなかに布のすれる音が聞こえ、坊ちゃんは「そのままね」と釘を刺しました。
何事か、期待感が胸に湧き上がります。
しばらくして、顔をぴったっりと床につけた頭にふんわりと温かくやわらかな布が置かれました。
坊ちゃんは弟だけに「汚れもの」のパンツを与えるのは不公平だと私を憐れんで、その場で私の被っていたパンツに穿きかえ、まさに今穿いていたパンツを私に与えたのでした。
このときほど自分の存在の小ささ、坊ちゃんの存在の大きさを感じたことはありません。
坊ちゃんの温もりと匂いに包まれながら、私も絶頂感に体をのたうち回らせながら平伏し、ひたすらに感謝を表しました。

こんな妄想で自慰を繰り返しても、H家は相変わらず自分が住んでいる家の目の前にあります。
マゾヒストは元より崇拝の対象にしている人を自慰の対象にするのですが、自慰と妄想を繰り返すうちに、本当にその人の前に何度も土下座し、頭を踏まれ、便器の代わりになったかのような感覚が生まれ、崇拝感情がさらに高まっていくことがあります。
もうH家を訪問することはなくなりましたが、やはりH家のご一家とはよく顔を合わせます。
奥様と久々にあいさつを交わした日は奥様の用便のあとのトイレ掃除の妄想で自慰をするし、ご一家が車で出て行かれるのを見た日はその車で轢かれることすら妄想しました。
そしてまだ小学生の坊ちゃまを見た日には決まって、あの真っ白なブリーフの夢のような妄想に耽るのでした
崇拝する人々のすぐそばで生活する、これほど幸せな青春があるでしょうか。

今は実家から離れて暮らしていますが、今でもよくH家の屋敷での妄想をしては、懐かしい感覚に襲われます。
H家の人々は私が死ぬまで私の妄想の中で私の後頭部を踏みつける存在でい続けてくれることでしょう。
今あの屋敷にはご主人と奥様だけが住まわれているそうです。

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