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マゾヒズム文学の世界

谷崎潤一郎・沼正三を中心にマゾヒズム文学の世界を紹介します。

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愛情の一方通行

男性マゾヒズムの純粋性
「SMは男女相互の愛情表現の一つの形」という説を聞くことがあります。
心の通った男女の信頼関係に基づく究極の愛の形だと。
中には、『痴人の愛』や『春琴抄』を持ち出してそれを例証しようとする人もいます。
しかしこの説は、男性マゾヒズムの側から見たら、何か不純なものを感じずにはいられません。
ドミナの側に自分への愛情ないし何らかの関心を要求するのは、男性マゾヒズムのピュアネスには本来不要なものです。
「必要ない」だけではなく、女性側から自分への関心は、かえって不純物となり、これがまったくゼロとなったとき、自己犠牲としての男性マゾヒスムの完全に純粋な結晶は生まれるのです。

『ある夢想家の手帖から』第六四章「愛情の一方通行」付記において沼正三は、田沼醜男から教わった概念として、「愛情の一方通行」を紹介しています。
「愛情の一方通行」は、マゾヒズムの男女関係をあらわした表現で、もちろん男から女への強い愛情と女から男への愛情のなさのセットを指しています。
女性側の「愛情のなさ」の中には、「裏切」「冷淡」「忘却」も含まれます。
女が男を誘惑しているときでも、それが男に対する愛情に裏打ちされず、なんらか別の目的のために男を騙しているのであれば、「愛情のなさ」に含まれます。
さらに沼は、(畜化願望者らしく)ペットに対する愛情や器物に対する愛着と同様の関心が女から男にあったとしても、「愛情の一方通行」は成立するとしています。
とはいえ、それとて女の関心にはあたりますから、そういった関心すらもないほうが、やはり純粋な「愛情の一方通行」と言うべきでしょう。

無題

当然ながら、女の男に対する恨み、憎しみ、恐怖、嫌悪といった負の感情も、「愛情の一方通行」にとっては不純物となります。
「愛情」に対立する概念は「無関心」ですから、男の「愛情」に報いるのはそういった女の負の感情ではなく、「無関心」でなければなりません。

では、女の男に対する、サディスティックな加虐願望はどうでしょうか。
これとて、女性の側から男性の側に向かう関心の一つの形態にすぎないわけですから、純粋な「愛情の一方通行」にとっては不純なものと言うべきでしょう。

沼の盟友だった森下高茂は当時、マゾヒズムにおける男女関係には男女間の合意が必要であると説いたようで、沼はこれに対して一般論としては誤りであり、「相互の精神的愛情と共感があらかじめ存した上でならば、ほとんど、次元の低い「性的前戯としてのマゾ・プレイ」に近くなってしまう」と主張しています。

自己犠牲の純粋主義
谷崎潤一郎は、徹頭徹尾この「愛情の一方通行」を愛し、この男性マゾヒズムの純粋性をこの世で最も美しい感情として描いた作家です。

わたしが昔からあなたを愛して居なかったのに不思議はない。
しかし、あなたがわたしを愛さぬと云う法はありませぬ。
(『麒麟』)


それが最もよく現れた作品は間違いなく傑作戯曲『恋を知る頃』でしょう。

僕はお前が死ねと云へば、何時いつでも死ぬよ。


という、十二三歳の少年・伸太郎の、年上の少女・おきんに対する、一切の見返りを求めない純粋な恋。
そして、恋人と幸せになるために邪魔な伸太郎を殺害するおきん。
おきんにとって信太郎の命を奪うことは、邪魔な物をどけるような、埃を吹き払うような行為にすぎません。
この完璧に完全に純粋な「愛情の一方通行」こそ、谷崎のマゾヒスムの真髄です。
本作についてはいずれ作品論で詳しく論じますが、この戯曲の上演が計画された際、検閲にかかって上演が中止となった経験を、怒りを込めて書いた小説『検閲官』にも、『恋を知る頃』に込められた谷崎のマゾヒスムの真髄を伺うことができます。

信太郎と云う主人公が、十一二歳の子供でありながら召し使ひの女に恋する、その女には別に思い合つた男があつて、その男とぐるになつて信太郎を殺して家の財産を横領しようと企てゝ居る、それを知りつゝその女の手に甘んじて殺される、――殺されるのが何よりも嬉しい、――此の少年の心の中に燃えて居るものは、此の世の中の理屈では解釈の出来ないものです。(中略)一途に或る物に憧れて居る心持ち、死んでもなお憧れてまない心持ち


一度でもほんたうの恋を経験したことがある者は、誰しも人間の心の奥には肉欲以外の精神の快楽があることを、無窮の生命の泉があることを疑ふものはないからです。
淫欲が激しく起これば起こるほど、その淫欲の蔭に却つて高潔なインスピレーションが湧き上がるのを覚えるからです。


この純粋主義ピュアリズムは、前述した『手帖』第六四章付記の最後の記述にも符合します。

自己の実存ダーザインを問われるような転落感、死の本能に支えられるニルヴァーナの静悦こそがマゾヒスムの理想形態だと考える


伸太郎のおきんに対する気持ちは、譲治のナオミに対する気持ち、佐助の春琴に対する気持ちと通底しています。
谷崎作品の主人公はドミナの前ではみな、伸太郎と同じく初恋を知った少年の心に退行しているのです。
「SMは男女相互の愛情表現」「相互の信頼を確かめ合うもの」などと説くのはよいですが、そこに安易に『痴人の愛』や『春琴抄』を持ち出すことには、私は強い違和感を覚えます。

谷崎作品に見られる、味わい深い「愛情の一方通行」をもう少し見ていきましょう。

男性側の愛情・崇拝の表明の一例です。

「己おれは自分の為めにお前の行動を束縛したり、干渉したりする気はないんだよ。己はお前を心の底から信用して愛して居るよ。お前に不満足を与へたり、不自由を与へたりすれば、己だってやっぱり好い気持ちはしないんだ。お前がしたいと思ふ事は何でもするがいヽ。好きな人ならいくらでも交際するがいヽ。ただ己がどのくらゐお前を愛して居るか、それさへ解ってくれヽば、別に何も云ふ事はない。
己を幸福にするのも、不仕合はせにするのも、みんなお前の心一つにあるんだ。お前は己を殺す事も生かす事も出来るんだ。」(『春の海辺』)


「あなたは僕に対してどんなにでもえらくなれます。神にも、悪魔にも、暴君にもなれます。あなたと別れると云ふ考へが、僕には既に死ぬよりも悲しい事になつて了つたんです。」
「三千子さん、どうぞあたしの命をあなたの自由にして下さい。あたしはどんな目に会わされても、あなたに捨てられさえしなければ仕合せです。幸福な人間です。……」(『捨てられる迄』)


下賎げせんの女子供ですら、言葉を交わすのを汚らはしいと思うて居る私へ、雲の上人のあなた様から其のやうに仰せ下さるのは、何だか夢のやうでござります。木で彫つた御仏の像が口をきくより、私には余計不思議でござります。」(『法成寺物語』)


華魁の為めに働くことなら、私はたとい命を捨てゝも惜しいとは思いません。かなわぬ恋に苦しんで居るより、私はいっそ、華魁がそれ程までに慕って居るあなたの為めに力を貸して、お二人の恋を遂げさせて進ぜましょう。(『人面疽』)



一方、自分を崇拝する男に対する女性側の扱いはこんな感じです。

「お金があるうちだけは、奴隷にでも何でもして上げてよ。それから後は知らないけれども。」(『饒太郎』)


「ひどい目に遇ったっていいじゃないか、それがパパさんは好きなんじゃないか。さあ、二百圓置いておいで」(「赤い屋根」)


「やらせてくれと云うのならそれは誠に有難い、篤志な事だ、ではやって貰いましょう」というのが彼女の態度であった(中略)馬鹿な男だが別に損にもならないから、まあ好い加減に相手になって置いてやろう―ーそう云う腹でいたのだ(『アヹ・マリア』)


隠居が死ぬと程なく彼女は少なからぬ遺産を手に入れて、舊俳優のTと結婚しましたが、恐らくあの時分から人目を忍んで其の男に会って居たのでしょう。
搾り取るだけのものは搾り取ってしまったし、(中略)老人の死ぬのを待ち切れずにそろそろ本性を露わして来たのでした。(『富美子の足』)


「死ぬなら勝手にお死に」(『人面疽』)


男性側からの、ねっとりとまとわりつくような、幼児が母にすがりつくような、信者が神仏を拝み倒すような卑屈な愛情・崇拝の表明と、女性側の、ごみや塵埃を扱うような優雅な冷淡さの対比、まさに「愛情の一方通行」が、谷崎作品の男女関係を貫く基調になっています。
それはひとえに、『検閲官』で表明した「一途に或る物に憧れて居る心持ち、死んでも猶なお憧れて已やまない心持ち」の純粋主義ピュアリズムを、徹頭徹尾表現した結果に他ならないのです。
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コメント

谷崎潤一郎の作品、説明だけ聞いてもこれは感動的ですね。

いつも渇望しているですが、機会があれば是非読みたいです。

韓国はとても寒いです。
日本ももうすぐ寒くなってくれると予想しますが風邪気をつけてください。

whiteさん

いつもコメントありがとうございます!
감사합니다
今年もよろしくお願いします。

鳥尾さんご指摘の通り、2016年に死後50年経過により谷崎の著作権が切れるので、その後はスキャンやテキストがアップされていくと思うので、そのときはご紹介していきます。
ぜひぜひ韓国にも紹介していただきたいです。

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