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マゾヒズム文学の世界

谷崎潤一郎・沼正三を中心にマゾヒズム文学の世界を紹介します。

スクビズム総論


「スクビズム」について、まとめておきます。

スクビズムとは

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マゾヒズムとは、性愛の対象である女性の美しさを讃え、その他のあらゆる価値、とりわけ男性としてプライド、人間としての尊厳を女性美への憧れの前に跪かせ、踏み躙り陵辱することに快楽を求める異常性愛であると私は考えています。
具体的には、対象女性に跪いたり、足や靴を舐める。
あるいは身に着けていたもの、排泄したものを口にする。下僕や奴隷となって命令に従い、働く。
はたまた犬、馬、家具といった人間以下の物に変身し、対象女性に使用される。多種多様なこれらの願望に共通するのは、対象女性を上位に、自らを下位に置こうと志向している点です。

そもそも、「優位」を「上位」、「劣位」を「下位」とも言うように、優劣を物理的位置関係を意味する「上下」という言葉を使って表現するのはなぜでしょうか。
どうも人類一般に、優越者は「上」に、劣等者は「下」にあるべきものという共通した心理があるようです。
これを前提とすれば、対象女性が(その美しさゆえに)自己に優越していることを表現発露することは、様々な意味で対象女性を「上」に、自己を「下」に置こうとする衝動と同義、ということになります。
これは人間の自然な心理に任せたマゾヒズムの基本衝動です。

沼正三は、『ある夢想家の手帖から』において、この「下への衝動」を総称して「スクビズム(succubism)」と呼び、この概念をもって、正統マゾヒズムの諸相(三者関係は除く)をすべて説明できるとまで言い切っています。
(命名者は精神医学者のヒルシェフェルト。語源はラテン語の「succuba」=「下に寝る」より。「サキュバス」「スキューバ・ダイビング」と同じ語源。)

スクビズムの五類型

沼は、『手帖』第一三三章「スクビズム」で、スクビズムを次のような五類型に分けて説明しています。

第一類型 肉体的下位
 対象女性の体を自らの体で下から支持するという願望。
第二類型 肉体的下部
 足への執着。
第三類型 観念的下部A
 女性器や肛門への奉仕。
第四類型 観念的下部B
 分泌物、排泄物への執着。
第五類型 観念的下位
 人間と人間との関係としての下位、あるいは文化的・知能的に劣った存在への志向。



各類型を簡単に説明します。

第一類型 肉体的下位

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対象女性が上になり、自らが下になる物理的な位置関係、体勢を望むもの。
背に腰掛けられる、頭を踏まれる(第二類型との複合)といった願望が典型的なものです。

第二類型 肉体的下部

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人は、身体の各部位について、尊卑を意識しています。
例えば、食べ物を足で扱ったり尻の下に敷いたりすることを避けるのは、口や手よりも足や尻が穢れたものだという意識があるからです。
基本的に、身体の上部は尊い、下部は卑しいという意識があります。
なかでも人間の肉体の中で最も下部に位置し、最も卑しいと認識されている部位が、です。
対象女性の肉体的最下部である足に執着し、口、顔面、頭部といった自己の身体の上部、あるいは尊厳の象徴である男性器を接触させ、互いの身体の尊卑の「落差」を実感するという願望が第二類型です。
能動的に発露すれば舐める、キスするといった奉仕、受動的に発露すれば蹴られたい、踏まれたいといった願望になります。

第三類型 観念的下部A

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足と並んで、人間の肉体の中で卑しいと認識されているのは性器と排泄器官を備える股間部です。
対象女性の股間部に執着し、口、顔面といった自己の身体の上部を接触させ、互いの身体の尊卑の「落差」を実感するという願望が第二類型です。
能動的に発露すれば舐める、キスするといった奉仕(クンニリングス)、受動的に発露すれば顔面騎乗願望(第一類型との複合)になります。

第四類型 観念的下部B

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汚物愛好(コプログラニア、ピカチズム)。
汗、唾液、鼻汁、糞尿などの分泌物・排泄物は、分泌・排泄される直前までは身体の一部ですから、身体の延長として捉えることができますが、身体に不要な残り滓ですし不衛生ですから、尊卑の意識としては身体のどの部分よりも卑しいものとなります。
マゾヒストとしてはこれを尊ぶことで、対象の身体は自らの身体とはるかに隔絶して尊いものと意識することができます。
このため、汚物愛好は、対象神格化、貴婦人崇拝、待童願望パジズムと容易に結びつきます。
また、対象の足や股間部はいくら尊んでも舐めるまでです。
分泌物・排泄物は口にして、自らの身体に取り込むことができます。
対象の身体の残り滓が自らの身体を造っているという意識は、対象と自身の身体を隔絶をさせたまま結合させるというマゾヒストの矛盾した願望を達成してくれます。
なお、下着や履物への執着も、この類型に含みます。

第五類型 観念的下位

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観念的・抽象的な下位概念。
人間と人間との関係としての階級的下位、あるいは文化的・知能的に劣った存在への志向です。
「ドレイになりたい…」
マゾヒストであれば誰でも通ったであろう入門的願望、奴隷願望セルヴェリズムが典型的なものです。
畜下願望、白人崇拝アルビニズムもこの類型に含まれます。

変身願望の五類型

『手帖』第二一章「召使い願望と侍童願望」では、性科学者ヒルシェフェルトの説として、マゾヒズトが「何になりたいと欲するか」について、五類型が紹介されています。
この「変身願望」の五類型は、「成熟した社会人たる男性」がそれぞれ、「地位」、「年齢」、「男性」、「人間性」、「生命」といった属性を捨て去り、今とは違った存在になることを望む願望です。

(イ)セルヴェリズム(奴隷願望)地位の剥奪
(ロ)小児化倒錯年齢の剥奪
(ハ)変装(女性化)倒錯男性の剥奪
(ニ)畜化倒錯人間性の剥奪
(ホ)物化倒錯生命の剥奪



いずれも、崇拝する女性よりも劣位でありたいという「下への衝動」の発露と言えますので、スクビズムの五類型のうち、第五類型「観念的下位」をさらに分類したものといえそうです。
一方、少し視点を変えると、これらの変身願望は、「成熟した社会人たる男性」として生きていくことに疲れた心が望んだ、現実逃避願望とも言えそうです。

各類型を簡単に説明します。

(イ)セルヴェリズム(奴隷願望)
自由人は、その自由と引き換えに、自分の行動をを自分で決める重荷を課せられています。この「決断」する重圧から逃れたくなった者は、自らの意思ではなく、頭上から下される「命令」にのみ従って生きる奴隷を志向します。
対象女性に所有される奴隷となり、跪き、命令され、奉仕することを望む非常にポピュラーな願望です。

(ロ)小児化倒錯
欲望を抑えて秩序に従うことに嫌気が差した者は、欲望のままに生きていた子供に戻ることを志向します。
対象女性に子ども扱いされることを望む願望です。
「しつけ」「お仕置き」といった懲罰願望と容易に結びつきます。

(ハ)変装(女性化)倒錯
男性としての「強さ」を求められることに耐えられなくなった者は、むしろ(特に前時代においては)「か弱さ」を売りにできる女性に転じることを志向します。
対象女性と自己の性を倒錯させ、女性として扱われることを望む願望です。
自ら女装するだけではあきたらず、対象女性に男装を求める場合もあります。
自らの口腔や肛門を女性器に見立て、対象女性に棒状の擬似男性器で陵辱される去勢願望と、容易に結びつきます。

(ニ)畜化倒錯
人間としての尊厳すら疎ましくなった者は畜化(家畜への変身)を志向します。
家畜・ペットとして対象女性に飼育される願望です。
「犬派」「馬派」という言葉があるくらい、マゾヒストにはポピュラーな願望です。
「人間以下」の存在に変身するという意味で、観念的スクビズムの極地と言えます。
「対象神格化」と「畜化倒錯」は相似形です。
対象と自己との絶望的に絶対的な隔絶を志向するものですが、「対象神格化」が自己を人間のままに対象女性を女神とするのに対し、「畜化倒錯」は対象女性を人間のままにおいて、自らが人間以下の存在になろうとするものです。

(ホ)物化倒錯
生きることさえ放棄したくなった者は、物化(家具・道具への変身)を志向します。
対象女性に「モノ」として使用・消費されるという願望です。
人間としてではなくとも、なお「愛玩される」余地が残る畜化倒錯に比べ、物化倒錯は対象から存在意義を否定される感覚が非常に強い願望です。
家具・道具の存在意義は、それのもたらす効用のみにあって、それそのものはなくなっても、代わりがあれば持ち主はなんとも思いません。
対象女性から「手段」として利用される、存在を無視・軽視される、放置されるといた「感情の一方通行」を志向する願望と容易に結びつきます。

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複合的発露

具体的な願望は、これらの各類型が組み合わさって発露することもあります。

例えば、「馬になって対象女性に乗られたい」という願望は、女体を下から支えるスクビズム第一類型と、畜化願望(変身願望の(ロ))が組み合わさったものです。

犬になりたい」という願望は、畜化願望に加え、「舐める動物」として、スクビズム第二類型(足を舐める)、第三類型(股間部を舐める)、第四類型(排泄物を舐める)と強く結びついています。

物化倒錯(変身願望の(ホ))の場合、スクビズム第一類型と結びつけば女体を支持する椅子や縁台、第四類型と結びつけば女体から分泌・排泄されたものを受ける痰壺や便器となります。足置きや絨毯となれば第一類型と第二類型、サドルとなれば第一類型と第三類型と結びついているということになりましょう。

人間ビデ願望」というものもあります。昨今ネット上では「寝室奴隷」とも表現されています。カップルが愛し合った後、上位男性の体液がたっぷりと注がれた女性器を舐めて清めるという、トリオリストにとって究極ともいうべき願望です。これはトリオリズムとスクビズム第三類型、第四類型が結びついたものです。

最後に、スクビズムの五類型と変身願望の五類型を図にまとめてみました。
はたしてこの図で、沼のいわく「正統マゾヒズム願望の諸相」が網羅できているかについては異論がある方もいらっしゃるかと思います。
それについてはまた、別記事で論じたいと思います。

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コメント

私はどちらかと言うと、肉体的受苦よりスクビズムを求めます。

どちらも最終的には合流するのだと思いますが、崇拝する女性がストレス発散の場とするのなら甘んじて肉体的苦痛に耐えます。

所謂、女性様が望まれることを奴隷としての喜びとして受け止めたいのです。

崇拝対象の「手段」になりたい、それがマゾヒズムの本質だと思います。
それを実感できるのが、スクビズムであり、肉体的苦痛ではないかと思っています。

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