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マゾヒズム文学の世界

谷崎潤一郎・沼正三を中心にマゾヒズム文学の世界を紹介します。

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青春の思い出

昨年の秋以来、長期間まともに記事をかけませんでしたが、最近また少し時間に余裕ができましたので、更新を再開しました。
同士の皆様には、今後とも気長にお付き合いいただけると幸いです。

さて今回は、なぜかふと思い出した、青春時代のあるマゾ体験(というほどのものではないかもしれませんが、私にとっては大変な体験でした)の思い出を書きたいと思います。

私が初めて「家畜人ヤプー」と「ある夢想家の手帖から」を読んだのは、高校生のときでした。
読んだ直後は、「白人崇拝」や「汚物愛好」にかなり抵抗感を感じたのですが、次第に妄想は白人崇拝へと傾斜していきました。
「ヤプー」と「手帖」の該当箇所、それに谷崎の「肉塊」「アヱ゛・マリア」「小僧の夢」「痴人の愛」などを読んでは妄想を膨らませ、ギリシア神話の女神たちの美を崇め、ツルゲーネフやゾラの小説に現れる令嬢貴婦人の高貴に憧れました。
絵画や映画や写真の中の、白い肌をまとったのびやかな四肢を慕い、昼夜を問わず猿のように自慰に耽りました。
妄想をするたび、自慰をするたびに「脳を白く染め抜かれていく」感じ。
酔いしれるような快楽の日々。
耽美=「美に耽ける」、まさにそんな青春でした。

さて、体験というのは私の通っていた大学での話です。
私はある英国人の男性講師の英語の授業を受講していました。
年齢は30歳前後で、容姿は白人男性としては十人並みでしたが、近くでお話しすると青い眼と上品な香水の香りが印象的な方で、左手の薬指にはさりげなくリングをはめていました。
その先生の授業は分かり安く楽しかったので、私はいつも一番前に陣取って授業を聞いていました。
先生の授業は基本的に終始英語で行われるのですが、英語で表現しきれないときは片言の日本語を使ってくれました。
ある日の授業で、先生はこんなことを言ったんです。

"toilet"は「便器」という意味になるんですね。「トイレに行く」と言いたいときは"bathroom"を使ってください。

これだけです。
これを聴いた瞬間、脳から脊髄に電流が走り、キューンと胸が痛くなり、頭は真っ白、全身にゾクゾクと快感が広がりました。
最初自分でも何が起こったのかわかりませんでしたが、次の瞬間には、先生の上品なスラックスと、ベルトの銀金具のあたりを貪るように凝視し、今先生の体に収まっているもの、やがて先生の体から出されるものについて考え、うっとりと陶酔している自分に気がつきました。
そのころ私の中で芽生え、激しく煮えたぎりながらも懸命に抑圧していた「白人崇拝」と「汚物愛好」。
これが先生の一言で放電スパークを起こし、爆発的に発露してしまったのです。
授業が終わるまでの間、激しい動悸は治まらず、最後には呼吸が苦しくなりました。
授業が終わると、いつもは必ず質問に行っていたのに、その日は机に張り付いたままピクリともせず先生を嘗め回すように凝視している私に、先生は軽く微笑みかけて教室を出て行きました。
私はしばらくその場を離れることができませんでした。
射精こそしませんでしたが、下着はひどく濡れていました。

「先生の便器になりたい」
「どうすれば先生の排泄物を口にすることができるのか」

それ以来数ヶ月、寝ても覚めてもそんなことばかり考え、自慰を繰り返しました。
先生を前にすると、先生に見惚れ、先生の匂い嗅ぐのに一生懸命になり、頭脳は卑しい妄想に痺れきってしまうので、授業の内容はまったく頭に入らなくなりました。
授業はレコーダーで録音し、何度も何度も繰り返し聴きました。
授業が終わると、決死の思いで質問に行き、呼吸も困難な激しい動悸のまま、うわずった声で質問しました。
先生が教室を出ると、こっそり先生のあとをつけました。
先生が図書館で調べ物をしていれば、勉強をしているふりをして何時間でも先生を盗み見ていました。
先生が学食に行けば、先生が食べている姿をうっとりと見ながら、自分も先生と同じものを注文し、「今自分は先生と同じものを食べている。しかしそれは同じ種類の料理を食べているだけだ。今先生の皿に盛られているものが、先生の体を通った上で、今度は俺の皿に盛られたとしたら、どんなに幸福だろうか」なんてことを考えました。
先生が学内の移動のために使っている自転車のサドルを恭しく撫でたこともありましたし、先生の自転車になった気分を味わうために、先生の自転車の脇の地べたに正座してみたこともあります。
そのときはあまりにも昂ぶってしまって、「先生が来たら、"I want to be your bike. If you don't mind, please ride on me today."なんて、ジョークを装って言ってみよう」「先生は俺と自転車を見比べて、"Umm...you can be my stool but..can you take me to the library faster than my bike?"なんておっしゃるかしら」などと考えてしまい、ハッと我に返るまで、3時間くらい先生の自転車の脇に正座して、一生懸命に台詞の発音練習をしながら先生を待っていました。
幸か不幸か先生は現れませんでしたが。

録音した先生の授業をヘッドフォンで聴きながら自慰をしているうちに、どうしてもまた、私をこんなにも変えてしまった魔法の呪文のような先生のあの言葉が、どうしても聴きたくなりました。
ある日私は、「英米日の生活習慣の違い」をテーマに、わざと"toilet"を大量に誤用した英作文を作り、授業の後先生に質問に行きました。
作戦はうまくいきました。
先生はもう一度、あの言葉を言ってくれたのです。
「ペンキ」のように「キ」にアクセントを置いた独特の魅惑的チャーミングな発音の「便器」。
最初に聴いたときよりも、体がすんなりと刺激を受け取った感じがして、さざなみのような快感が全身に広がりました。
こっそりレコーダーに録音することもできました。
それからは、録音した先生の「便器」を聴きながら、毎日昼夜を問わずの夢のような快楽をむさぼりました。
ヘッドフォンをつけていなくても、頭の中で先生の「便器」が鳴り続けるようになるまで、さほど時間はかかりませんでした。

先生の発する「便器」という言葉は、私の妄想の中でいろいろな意味を持ちました。

あるときは英国式魔術を操る先生の魔法の呪文でした。
先生が「便器」と唱えると、私はいつ何時でも、否応なく先生の便器に変えられてしまうのです。

またあるときは、先生が私の願望を知ってしまい、先生が私に軽蔑と嫌悪を込めて私を罵倒する言葉になりました。そういうとき先生は、土下座して懇願する私の願いをかなえる代わりに、「便器」とはき捨てて、つばを吐きかけました。

先生が私の願望を知った場合、願いをかなえないまでも、侮蔑とともに哀れみを催すことも考えられました。そういうとき先生の「便器」という言葉は、私のあだ名になりました。「白乃さん」と呼んでいたのが、「便器」となるのです。先生が私に声をかけるときも「便器」、他人に紹介するときも"This is "benki" means my toilet."となるのです。

先生の「便器」という言葉が、私への略式の命令になることもありました。
先生は"Be my toilet now"とか、"Eat"とか"Drink"と言う代わりに、私に対しては「便器」と命じるのです。
こういうとき先生の「便器」は、アングロ・サクソン人らしい厳しさをもって響きました。

あるいは、先生が私を奴隷ではなく本当に器物だと認識している場合には、先生の「便器」という言葉は、「命令」ではなくたんなる「合図」になりました。
先生はもよおしたとき、トイレに立つ代わりに、リモコンを操作するような感覚で「便器」とつぶやくのです。そうすると始終先生に侍っている私が便器になる。
先生はいつ、どこで何をしていても、用を足すことができるようになります。
私は先生の日に何度か下されるこの合図を、常に全身全霊を研ぎ澄まして待ち続けるのです。
このとき、先生の「便器」という言葉はいよいよ切ないありがたみを持って響きました。

先生が、私を自由人として尊重しつつ、私の願望をかなえるパターンもありました。
先生はもよおしたとき、いちいち私の都合と意思を確認するのです。
このとき先生の「便器」という言葉は、私への略式の「申し入れ」でした。
私が"Yes, my lord!"と答えた時点で、契約が成立し、すぐさま履行されるのです。
最初は"Do you want to be my toilet now?"とか、"Would you like to eat?"とか、"Are you thirsty?"と言っていたのですが、いついかなるときでも私が申し入れを断ることはおろか、逡巡する可能性もまったくないがわかってくると、だんだん申し入れを簡略化し、ついに「便器?」"Yes, my lord"で非常に形式的に契約が成立するようになったのです。
先生の白いお尻に魅惑されている私が、申し入れを断ることなど絶対にできないことを分かっていながら、必ず私の「自発的意思」を確認することで、先生は毎回私の精神を陵辱してくれたのです。
このときの先生の言葉は、自分の体内でつくりだされるもので自由人を誘い出し、一瞬で器物にまで堕とす悪魔的な魅惑を持って響きました。

この契約妄想はさらに次のような形にまで発展しました。
先生はデスクに腰掛けて、メモを手にしながら「便器?」とつぶやきます。
足元にひざまずいていた私はすぐさま"Yes, my lord"と答えます。
先生はメモに何かを走り書きし、私に渡します。
私は恭しくそれを受け取り、内容を読んで先生に返します。
先生はメモをゴミ箱に捨て、私はメモの内容の実行に取り掛かります。
このときの先生の「便器?」という言葉は、「このメモに書いてあることを実行してくれないか。報酬として(後でもよおしたとき)自分のものを与える」という申し入れを簡略化したものです。
「徳禽獣におよぶ」先生は、あくまで私を「奴隷スレイブ」「召使サーバント」ではなく、自由人として扱います。
私に雑務をさせるときも、「命令」ではなく、私の自発的意思による「契約」を利用します。
最初は事前にメモの内容を私に見せてからきちんと申し入れをしていたのですが、私がいかなる内容でも必ず喜んで承諾することが分かると、だんだん申し入れも簡略化され、メモも、契約成立後に書くようになりました。
私が承諾をした時点で契約は成立しています。
メモの内容の履行義務は先生がメモを書いた時点から発生します。
私が先生にメモを返したのは、メモに書かれた内容の履行義務は無期限に私を拘束するので、証拠として持っておいてもらうためと、メモの効力に期限を設けていないため、先生はいつ何時でもメモに追記する権利を持っているからです。先生がメモに追記をしたら、先生がそれを私に通知しようがしまいが、私はその時点で新たに即時履行義務を負うことになります。
しかし先生としては、また用事ができれば新たな契約をすればいいだけなので、メモは捨ててしまったのです。報酬の提供期限は設けられていませんので、先生としては、いつでも一度、私の中に排泄すれば、それまでの契約で負った義務は全て綺麗に清算できるわけです。

先生に関する妄想の思い出はまだいろいろありますが、きりがないのでこの辺にしておきます。
はたしてあれは恋だったのでしょうか。
しばらく眠らせていた記憶ですが、切ない思い出です。

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コメント

相手が白人なら男性の便器にでもなりたいとは、
復活早々にカミングアウトですね(笑)。
その奉仕を命じたのが男性の妻なら私も強烈に感応しますが。
かねてよりの白乃ファンとしてブログの復活を喜んでおります。

鳥尾さん

コメントありがとうございます!

更新再開早々、しかもこんなどーしょもない記事にコメントしてくださり、本当にうれしいです!

しかも、「かねてよりの白乃ファン」というお言葉、本当にありがたく、励みになります。

勢いで、書こうかどうか迷っていた続きを追記してしまいました。
よろしければぜひお読みください。

「その奉仕を命じたのが男性の妻」
それいいですねやばいです。
妄想が膨らみます。

鳥尾リズムもといトリオリズムに関しても、書きたいことがたくさんたまっているので、これからどんどん書いていきたいと思っています!

自転車の傍らに3時間も正座する行動力に感心しました。肉便器に改良されたリンがクララ様の良人ウィリアム様に奉仕する場面へと妄想が広がりますね。上を向き、引き裂かれた大きな口を開けて。。。

鳥尾さん

先生の奥様の話は聞かなかったんですが、おそらく本国にいらっしゃたのかな?
白人のカップル・夫婦を見ると、それだけでドキドキしてしまいます。
妄想は本当に楽しいし。幸せになれますね。

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