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マゾヒズム文学の世界

谷崎潤一郎・沼正三を中心にマゾヒズム文学の世界を紹介します。

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谷崎潤一郎全集全作品ミニレビュー 第五巻

谷崎潤一郎全集の全作品につき、ミニレビューをつけてご紹介しています。
使用している全集は、中央公論社昭和五十六年初版発行のものです。

マゾヒストにとって特に性的な刺激の強い作品については、チャートを儲け、①スクビズム(下への願望)、②トリオリズム(三者関係)、③アルビニズム(白人崇拝)の三大要素につき、3点満点で、どれだけ刺激が強いかを表示します。また、その作品にどのような嗜好のマゾヒズムが登場するのかを、「属性」として表示します。

三大要素についてはこちらをご参照ください。



女人神聖
初出:大正六年九月号―大正七年六月号「婦人公論」
形式:長篇小説
時代設定:現代(明治末期―大正初期)
舞台設定
澤崎家(竈河岸、現在の中央区日本橋人形町二丁目あたり)
澤崎家新居(植木店、現在の中央区日本橋茅場町あたりか)
河田家(三田の四国町、現在の港区芝)
由太郎の中学校(神田、尋常中学共立学校か)
濱村の家(麹町)
巴の家(植木店)
日比谷公園
品川の停車場
修養舎(本郷の森川町)
小よしの新居(芝浦)
登場人物
澤崎由太郎
澤崎光子


濱村
巴(小よし)
河田の伯父
河田の伯母
河田啓太郎
河田雪子

スクビズム★★☆
トリオリズム★☆☆
アルビニズム☆☆☆
属性美少女崇拝、美少年崇拝、令嬢崇拝、階級格差、家事奉仕、美尊醜卑


本作については、作品論を書きましたので、ぜひお読みください。

谷崎潤一郎序論(2)―『女人神聖』論~貴族の兄妹、奴隷の兄妹

光子が初めて河田家を訪問した際、啓太郎はもちろんですが、河田の主人も明らかに光子に一目ぼれしていますね。
もともと居候である光子が河田家の令嬢のような扱いを受けられたのは、長男の啓太郎の力だけではないはず。
これ見よがしに強調される少なからぬ金品も、河田の主人が陰に陽に光子に与えていたのでしょう。
啓太郎と結婚し、河田家の令夫人となった光子と河田の主人は、どのような関係になっていくのでしょうか。
「瘋癲老人日記」を参考に妄想するのも楽しいです。



仮装会の後
初出:大正七年一月号「大阪朝日新聞」
形式:戯曲
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
クラブの喫煙室(銀座)
未亡人の邸(番町)
登場人物
A、B、C(美貌の青年紳士)
S伯爵の未亡人
D(クラブの給仕)

スクビズム☆☆☆
トリオリズム★☆☆
アルビニズム☆☆☆
属性美女を逞しい男に寝取られる


仮装パーティーで、御殿女中や、辰巳芸妓や、平安朝の朝臣の仮装をした女性的で美しい貴公子が主役の未亡人を口説き落とそうとしますが、好色な未亡人は、青鬼に扮した逞しい給仕ウェイターの男に夢中になってしまいます。



襤褸らんるの光
初出:大正七年一月「週」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
浅草公園
登場人物
「私」
乞食の少女
A(青年画家)

華族の青年と乞食の少女の純愛ストーリー。



兄弟
初出:大正七年二月号「中央公論」
形式:短編小説
時代設定:平安時代(10世紀後半)
舞台設定
平安京
登場人物
姫君(藤原超子、冷泉上皇の女御)
乳人
東三条の中将(藤原兼家)
堀川の大臣(藤原兼通)

平安時代後期の藤原兼通・兼家兄弟(ともに関白・太政大臣)の暗闘と、兼家の娘・藤原超子の生涯。



少年の脅迫
初出:大正七年二月「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
Bの家
赤坂の葵館
日比谷公園
登場人物
「私」
己(B君)
小僧
少年
少女

スクビズム★★★
トリオリズム★★★
アルビニズム★☆☆
属性美少年崇拝、年下のカップル崇拝、召使願望、愚弄、脅迫、集団による陵辱、野外での陵辱、犬


戦慄を伴うような強烈な快楽へといざなうトリオリズムの傑作短編。

主人公の作家は「公園の夜」という小説を空想で書いたところ、その登場人物とそっくりな不良少年少女が現れ、自分たちを作品のモデルにしたのだろうと言って作家を脅迫し、最後には、夜の日比谷公園(「公園の夜」)で作家を陵辱します。
空想が作品になり、作品が現実になる、という一種のパラドクスになっています。
究極の「実践派」である谷崎ですが、本当の理想的状況シチュエーションは妄想であって、それをさまざまな制約の下で作品にし、さらに制約の多い現実の中で実践してる、という思いがあったのではないでしょうか。
作品に書いた理想的な状況シチュエーションを現実に実践したい、作品に描いた理想のヒロインが現実に現れてくれないか、という切なる願いが表れた作品構成になっています。
作品冒頭には、

正直を云ふと、私は一種の好奇心を持つて、彼等の脅迫を期待しつゝ、此の物語を発表する。


という言葉もあります。

美少年美少女のカップルが作家に突き付けた要求は、二人が華族の若夫婦に化けて、作家は三太夫(執事)に扮して関西方面への旅行に付き従え、というもの。
(なぜそんなことを要求するのかは「或る悪事を遂行する為め」とされ、詳らかではありません。つまりそれはどうでもいいんです。)
トリオリストにとってはHoney Moonともいうべき夢のような状況シチュエーションですね。
「毛皮を着たヴィーナス」のイタリア旅行が想起されます。
美少女の誘い文句もすごいですよ。

先生のやうなマゾヒストは、私どものお父様にさせられるより三太夫になってペコペコする方を、きつとお喜びになるでせう。多分先生は、わたしどもの此の計画を、一も二もなく御賛成下さるだらうと存じます。先生が不断から憧れて居らつしやる望みを充たすのに、こんなよい折は、二度と再びない筈でございますから。


これを聞いた作家の驚きです。

マゾヒストさる己の性癖を、彼女は殆ど掌を指すやうに看破して居る。


「実践派」として、自分の性癖を理解し、それを利用してくれるドミナを切望した谷崎の願いが表れたヒロインです。

結局作家は二の足を踏んで少年少女の要求を断ってしまいます。
すると、少年少女は手下をともなって夜の日比谷公園で作家に凌辱を加えます。
これがまたすごいですよ。

己があの晩、淋しい公園の池のほとりで、どんな惨たらしい、穢らしい、浅ましい役目を負はせられたか、それを知って居るものは、願わくは永久に、己と彼らとだけであつてほしい。
「あたしたちの事を小説になさるなら、先生がこんな真似をして居る所を、書き洩らしてはいけませんよ。」
犬にも劣つた、卑しい業をさせられて居る己の様子を、快げに眺めながら少女は云つた。彼等は、己の性癖をよく呑み込んで居なければ加えることの出来ないやうな、奇怪な侮辱を己に加えた。兎に角、その侮辱は、己が一生の間、それを思い出す度毎に、冷汗を掻き嘔吐を催すやうな、同時に、未だに己を蠱惑するやうな侮辱であつた。


あたしたちの事を小説になさるなら、先生がこんな真似をして居る所を、書き洩らしてはいけませんよ。


この言葉は、なんとなく、谷崎作品のすべてのヒロインを代表して語っている言葉のように思えます。



前科者
初出:大正七年二月―三月「読売新聞」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定:不明
登場人物
「己」
村上
K伯爵
モデル女

スクビズム★☆☆
トリオリズム☆☆☆
アルビニズム☆☆☆
属性金銭的搾取


詐欺罪によって投獄された画家の独白。
「異端者の悲しみ」にも描かれた、谷崎の自覚する「道徳的欠陥」が吐露されています。

変態性欲者を分類する方法は、いろいろありますが、以下のような二つのタイプに分けることもできると思います。
一人の人間の中で、欲望を剥き出しにした「変態性欲者である自分」と、家族を愛し、仕事を通じて社会に奉仕して普通に生活している「市民としての自分」が葛藤しているタイプ。
どちらが「本当の自分」とも判断がつかない。
ジャン=ジャック・ルソーのようなタイプ、こちらが多数派でしょう。
沼正三も、おそらくこのタイプです。

一方、谷崎潤一郎のように、「変態性欲者である自分」が、確固たる本当の自分であることがはっきりしているタイプもいます。
このタイプももちろん市民生活・家庭生活は営んでいますが、それはすべて「変態性欲者である自分」が、いたしかたなしに演じているものであり、こちらには何らの価値も置いていません。
ですから、「道徳」「義理」「友情」「同情」「家族愛」といった、集団(社会)の中で生きる人間としての基本的な感情が欠けている、というよりもそれがどんなものなのかも理解できない、という障害を抱えています。
私もこのタイプです。
だから谷崎の書いていることが、自分のことのように理解できるのです。

本作でも、主人公の画家の「ヰ゛タ・セクスアリス」は「マゾヒスムの傾向を持つて」いると明確に書かれています。
そして、金を与えて画家の欲望をかなえてくれる「モデル女」が登場します。
このヒロインのモデルはおそらく「饒太郎」のお縫、「異端者の悲しみ」の「娼婦」、「少年の脅迫」の「少女」と共通の女性であろうと思われます。
娼婦だったのか、女優だったのか、不良少女だったのか、マゾヒズムという性癖が認知されていない時代にあって、探し求めてついに見つけた、望みをかなえてくれるドミナ。
しかし、このドミナを得て、長く望んでいた行為を「実践」したところ、谷崎は大きな幻滅を味わったようです。

彼女は、マゾヒズムの傾向を持つて生まれて来た己に、始めて十分な満足を与えてくれた異性であつた。それまで。己の奇怪なる性欲の要求を、僅かに補填して居たさまざまな空想。(中略)然し不思議な事には、頭の中に幻影が実現されると同時に、空想に特有なる美しさは忽ち消滅して、現実の醜悪のみが遺憾なく暴露された。
「己の頭の中に描いて居た光景は、こんな浅ましい、こんなあつけない、こんな穢らしいものだつたらうか」
(中略)美しかるべき彼女の肉体と、その肉体の下に虐げられて居る己自身の肉体とは、己の空想が永遠の美しさを以て輝いて居るのと反対に、だんだん生き生きとした光を鈍らせて、遂には鉛のやうに陰鬱な重苦しい雲を帯びる。それは己にとつて意外な悲しい発見であつた。



この葛藤はこの時期の作品にたびたび現れます。


人面疽じんめんそ
初出:大正七年三月号「新小説」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正初期)
舞台設定:日東写真会社の事務所(日暮里)
登場人物
歌川百合枝
H
スクビズム★☆☆
トリオリズム★☆☆
アルビニズム★☆☆
属性白人男性に日本人女性を寝取られる


怪奇小説。
谷崎の映画愛好が最も現れた作品のひとつ。

作品の中に現れる映画の中で、港町で美しい花魁が白人男性と共謀して崇拝者の乞食を無慈悲に騙して密航の協力をさせます。


二人の稚児
初出:大正七年四月号「中央公論」
形式:短編小説
時代設定:不明(中世?)
舞台設定:比叡山延暦寺
登場人物
千手丸
瑠璃光丸
上人

延暦寺で育てられた二人の稚児が、煩悩に目覚めて葛藤します。


金と銀
初出:大正七年五月号「黒潮」、大正七年七月号「中央公論」定期増刊「秘密と開放」号
(原題「二人の芸術家の話」)
形式:中編小説
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
根津の停車場
大川の家(田端)
青野の家(目白郊外)

登場人物
青野
大川
栄子

スクビズム★★☆
トリオリズム★☆☆
アルビニズム☆☆☆
属性金銭的搾取、罵倒


①理想が現実に投影され、芸術は現実を介して理想を映し出す、という独特のイデア論
②「道徳的欠陥」とそれによる人間関係の破綻・社会的破滅
③性癖の暴露と実践
④犯罪推理小説
⑤オリエンタリズム、とりわけインド文明への憧れ

というこのころの諸作品に現れる傾向をすべて詰め込んだ、かなり混沌とした作品。

①に関して、非常に分かりやすく表現した終盤の一説を、少し長いですが引用します。

あの美しい栄子の姿は、想像の世界に現れた時より更に完全に、更に荘厳に、さながら美の国の女王の如き威儀を作つて、マアタンギイの閨よりも遙かに怪奇な瑰麗な宮殿の玉座の椅子に腰かけて居た。彼女は、自分の足下に跪いて白衣の裾に接吻をする青野の項を撫でゝやりながら、朝な夕なに優しい慰藉の言葉をかけた。
「お前は定めし、今迄にも度び度び私を見た事があるだらう。お前が浮世に生きて居た時分に、お前を迷はした栄子と云ふ女も、お前の空想に浮かび出たマアタンギイも、みんな私の影像なのだ。私はお前の美に憧れる心を賞でゝ、真実の国から仮そめの国へ、大空の月が其の光を渓川へ落とすやうに、自分の姿を幻にして見せてやつたのだ。真実が影像に優つて居るだけ、それだけ私の彼の女たちに優つて居る。仮りの幻の栄子をさへあれ程熱心に崇拝したお前は、今こそ安らかに私の宮殿に仕へるがいゝ。(略)」



図にするとこんな感じです。
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白昼鬼語
初出:大正七年五月―七月「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」
時代設定:現代(大正期)
舞台設定
「私」の家(小石川)
園村の家(芝公園)
纓子の家(人形町の水天宮)
登場人物
「私」
園村
纓子
角刈りの書生

スクビズム★★☆
トリオリズム★☆☆
アルビニズム☆☆☆
属性悪女、絞殺、騙される、金銭的搾取、サディティン


美女に騙され、利用され、不要になったら殺される、という願望を具現化した犯罪推理小説…かと思いきや、最後にどんでん返しが。
最後に「私」の前に纓子が現れた際、3人の男の絞殺に使った?縮緬の扱きをこれ見よがしに持っていたのはなぜなのか。
ただの「ドッキリ」の延長なのか、それとも、「私」をも快楽の世界に誘惑しているのか…


人間が猿になった話
初出:大正七年七月号「雄弁」
形式:短編小説
時代設定:現代(大正初期)
舞台設定
芸者屋(葭町:日本橋人形町)
登場人物
お爺さん
梅千代
お染

猿に惚れられてしまった芸者の話。
初期短編を彷彿とさせるふんわりとしたファンタジー。
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タグ : 谷崎潤一郎 マゾヒズム小説 白人崇拝 三者関係

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コメント

少年の脅迫

「犬にも劣つた卑しい業」とは想像を掻き立てられますね。汚物等の描写なので避けたのでしょうか。

鳥尾さん

谷崎は相当に検閲を恐れていて、実際に何度も検閲にかかっています。
しかしそれによって、特定の読者の想像を書きたてる文章が磨かれたのだと思います。

公園で犬芸ですよ…
「惨たらしい、穢らしい、浅ましい」というのは…公衆便所の代わりをさせられたのでしょうか。
本当にすごい作品です。

検閲がついて回ったのですね。それがなければどんなSM小説を書いたことでしょう。

マゾヒストのみなさんに、「谷崎はソフトで物足りない」と思われているとしたら、すごく残念ですね。
本当はすごく過激な内容が隠されている。
それはマゾヒストでない人にはいくら読解力があって、深く研究していてもわからないことだと思います。
でも、マゾヒストであれば一読しただけでわかるはず。
現在のマゾヒストにこそ、谷崎全集をぜひ読んでほしいですね。

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