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マゾヒズム文学の世界

谷崎潤一郎・沼正三を中心にマゾヒズム文学の世界を紹介します。

片瀬海岸物語

もう、だいぶ長いことここに腰掛けている。
波音と雑踏がのどかに響く。
今日も私は独りだ。

大型連休など、「毎日が夏休み」の私にはあまり関係ないのだが、なんとなく出かけなくてはという強迫観念が働いて、久々に湘南海岸などに来てしまった。

辻堂の歩道橋あたりで、仲睦まじい一組のカップルに目を奪われた。
若く、清純そうな二人。
ぎこちなく手を繋ぎ、あどけなく語り合う。
ときおり昂ぶったように走りだし、息を切らしては青年が少女の肩にもたれかかる。
海風が少女の長く黒い髪をなびかせ、白いレースのロングスカートがふんわりと膨らむ。
幸福の絶頂が、少女の持って生まれた美しさに、早めの絶頂をもたらしているように見えた。
私は恋に落ちた。

江ノ島方面へ向かう海岸の遊歩道。
二人の二メートルくらい後ろをつけて歩く。
さりげなく近づいて、少女の横顔を盗み見る。
すらりとした後姿から想像していたとおり、すっきりとした輪郭と鼻筋だった。
さわやかなコロンの匂いもかいだ。
うっとりとしていると、少女と目が合ってしまった。
とっさに海のほうに視線をそらす。
ペットボトルをいじくったりしてごまかす。
おそるおそる二人のほうへ視線を戻すと、なにかこそこそと話をしている。
腹筋の辺りにゾクゾクとした緊張が走る。
しかし、特段私のことを怪しむ様子はない。
二人にとっては今、この世界には二人しかいないのだ。

少女の左側斜め後方の位置を維持して歩いた。
少女は常に青年のほうを向いているが、ときおり髪をかきあげたり、空を見上げたりすると、ちらりと白い横顔がのぞく。
会話も聞こえる。
なんということだ。
少女は中学生ではないか。
青年は大学生か。
鼓動が高鳴る。

今日は来てよかった。

江ノ島が目前に迫る片瀬海岸で、二人は階段状になっている堤防に腰掛けた。
しばらく海を眺めるのだろう。
私も何食わぬ顔をして、やはり少女の斜め後方、二段上の堤防に腰掛ける。
その距離五メートルくらい。
堤防にはたくさんの人が腰掛けているので、それ自体はなんら不自然なことはない。
ただ、私の不躾な視線。
二人とも気がついていないのだろうか。
距離が遠く、波音と雑踏に紛れてもはや会話はろくに聞こえない。
「あの人私のこと見てるよね」
などと話して笑っているのではないかと想像すると、ゾクゾクとしたスリルが腹筋のあたりを走る。
しかし、また、まったく私のことなど目に入っていないのではないか、と思うと、疎外感にキューンと胸が切なくなる。

そうしてもう、だいぶ長いことここに腰掛けている。
波音と雑踏がのどかに響く。
今日も私は独りだ。

ポツンと独りで堤防に腰掛けている。
しかし、心は暖かい幸福感に陶酔している。
斜め前方に座っている爽やかで睦まじいカップル。
二人の作った、白くてやわらかい繭。
本来二人以外は何人も入れないその繭に、私の魂は入れてもらっている。
二人の体温で温まり、二人の匂いで満ちているその繭に、私の魂は安らかに包み込まれている。

そのままどれくらい見惚れていたのか、我にかえったのは、少女が左手首の時計をチラッと見たからだ。
行ってしまうのか。
遊歩道は江ノ島で終わり。
さすがにこれ以上stalkingするのは難しい。
幸い二人はもうしばらく留まるようだが、私はこの蜜月が永遠でないことに気づいたとたん、泣きそうなくらい寂しくなった。
行ってしまったら、二度と再び会えることはないだろう。
私はまた独りになってしまう。

思い切って、二人の前に歩み出て、足元に土下座して、「奴隷にしてください」とお願いしてみようか。
後悔を残さないためにはそれしかないことは確かだ。
十年位前に実行してみたこともある。
しかし、結果は分かっりきっている。
満ち足りた二人には、奴隷なんて要らないのだ。
あんなに近くに感じていた二人の後姿が、遠く感じられた。

日が傾いていくのを感じ、周囲に目を移してみた。
ビーチバレー、フリスビー、ロードレーサー。
そして、首輪にリードを結ばれてうれしそうに散歩する様々な種類の犬が目に付いた。
犬。
私が犬だったら、足元に擦り寄っていけば、二人は珍しがって、撫でてくれるだろうか。
どこまでも後ろを慕っていけば、哀れんで連れて帰ってはくれないだろうか。

想像はあらぬ方へと向かう。
今や私は、全裸に首輪だけをつけ、二人の足元に侍っている。
首輪に繋いだリードを少女が握っている。
飼い主である二人の逢瀬に人犬として付き従っているのだ。
辻堂からの散歩道を、回想しなおす。
二人は先ほどと変わらない。
私だけは少し違う。
二人の少し後ろを歩いていたのが、少し前を歩いている。
そして、二足歩行から四足歩行になっている。
手足は…人間のままだ。
アスファルトやコンクリートやインターロッキングとぶつかり合って手足はボロボロになっている。
が、私は先ほどのような卑屈な目をしていない。
先ほどよりはるかに楽しく、歓喜に満ちた目をしている。
リードがピンと張って、少女が引っ張り返すときに首が絞まるのがうれしくて、どんどん先へと歩いてしまう。
先ほどもすれ違った夫婦と、またすれ違う。
夫婦の様子は先ほどと変わらない。
違うのは、夫婦も私と同じような格好の人犬を連れていることだ。
先程は独りで缶ビールを飲みながら海を見ていた年配者だ。
彼もまた、先程よりも幸福そうな目をしている。
すれ違うときにちらりと私のほうを見たあと、甘えるように夫人の足元に擦り寄った。
それを見て私の飼い主の少女が「かわいい」「ポチ嚇したでしょ」なんて言うので、切なくなってしまったが、青年が「いや見てたけどなんもしてなかったよ」とかばってくれたのがうれしかった。
私の視界からは二人の足元しか見えない。
だから、「見てくれていた」というのがわかってうれしかった。

そこでまた、我に返った。
もう、だいぶ長いことここに腰掛けている。
波音と雑踏がのどかに響く。

小さな子供も目に付く。
無邪気に、父母にじゃれつく子供たち。
子供。
子供だったら。
少女は中学生。
子供のいる年齢ではない。
しかし、二人の小さな子供になって、青年と少女の足元に無邪気にじゃれつき、甘えたい衝動が湧き上がる。

二人の間に手を引かれ、江ノ島大橋を渡る。
食事をして、帰路に着く。
満員の江ノ電では、青年のジーンズと少女のスカートが、私の小さな体を守るように挟む。
電車を乗り継いで家に着く。
青年と、少女と、私の家だ。
「おとうさん、おかあさんきょうはね、すごくたのしかったんだありがとう。ねえ、きょうはいっしょにねていい?」
なんて言って甘えて、青年と少女の体温と匂いに包まれて眠りに着く。

さて、私の同衾はかなわないとして、二人は今夜床を共にするのだろうか。
それならいっそのこと今夜、二人の愛の結晶として、少女の幼い子宮に、小さな小さな新しい命として生まれなおすことができたらどんなにか幸福だろうか。
あの華奢な下腹部にやわらかく包み込まれ、酸素も、水分も、養分も少女の体を通ったものだけを得て生きられたら。

また海風が吹いて、少女の長い黒髪がなびき、白いレースのロングスカートがふんわりと膨らむ。
私の母も髪が長く色白で、背は高かったが華奢で、よくロングスカートを穿いていたのを、ふと思い出した。

辺りが黄金色に染まっていく。
二人が立ち上がった。
江ノ島大橋から夕日を見るのだろうか。
もう、これ以上後を慕おうという気もなかった。
二人は去り際に私を見たようだったが、私は真っ直ぐに海を見ていた。

もう、だいぶ長いことここに腰掛けている。
波音と雑踏がのどかに響く。
今日も私は独りだ。

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コメント

この心情はよくわかります。仲睦まじく歩くカップルの後ろ姿を見ると、四つん這いになって綱で引かれたり、楽しく話す二人の足下でじっと伏せて侍る自分を夢想することがあります。犬になりたや、の世界ですね。

鳥尾さん

いつもコメントありがとうございます!

私は動物が苦手なこともあってか、畜化願望というものがあまりなかったのですが、最近「人の姿のまま家畜として扱われる」という願望が強く現れています。
特に、「カップルや家族に飼われる」という妄想は、包まれるような暖かさと、せつない疎外感が同時に襲ってきて、うっとりとしてしまいます。

ご無沙汰しております。
当時の心理が美しく伝わってくる詩ですね。うら若き女性のとめどない美に対する敬慕の情と、それに対するマゾヒスティックな服従願望。共感します。実際に片瀬にいるような感覚でした。

Re: タイトルなし

Mmさん

ありがとうございます。
すごくうれしいほめ言葉ですね。
全記事中でも、自分なりにかなり気に入っている詩です。

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