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マゾヒズム文学の世界

谷崎潤一郎・沼正三を中心にマゾヒズム文学の世界を紹介します。

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『ある夢想家の手帖から』全章ミニレビュー 第5巻「女性上位願望」

沼正三の長大なエッセイ集『ある夢想家の手帖から』につき、全章をミニレビューをつけて紹介していきます。
入手できた挿画、関連する画像を合わせて掲載します。




第一二〇章
白痴を使って
以下五章は、「手段化法則」の例として、古代ローマの奴隷制を紹介。
古代ローマの諷刺詩人マルチアリスの詩から、白痴モリオ(貴族に愛玩用として飼われた後天性の身体・知的障害者)の描写を紹介。
貴婦人が夫の前で情夫と間接キスをするのに、モリオを介して行ったという場面。

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ジャック・オレック「メッサリーナ」の表紙画

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ペーパーバック版の表紙                  マール・オベロン扮するメッサリーナ

付記では大和勇「黄色いかなしみ」を紹介。

金髪女優ハニイの奴隷となった小男の日本人が、夫婦の寝室の性具や人間ビデとまで蔑んだ扱いをされながら、女主人の肉体を犬のように慕いこがれ、最後には鼻の穴の隔壁の軟骨に鼻輪を通すための孔を穿たれる。
(ハニイはその鼻輪を自分のハイヒールの踵に短い鎖で繋いで歩きまわり、彼を否応なく四這わせ、犬同様にお伴させようともくろんでいるのだろう)
ハニイと夫のジルが男を性具として使う場面の描写です。
「フフ……この格好、こいつの黄色い親が見たら、なんて思うかしらね」
 実際、親に見せられる格好ではなかった。私の首根っこは、うしろからハニイの股に喰わえ込まれ、口腔はジルに押し込まれて物も言えない状態だった。要するに、私の頭蓋骨を間にして、二人は愛し合っていたのだ…



第一二一章
チベリウス帝の小魚たち
ローマ皇帝ティベリウスが幼児の奴隷を性具として扱ったことを紹介。

第一二二章
便器奴隷
古代の便器奴隷の実例を紹介。
便器奴隷とは、主人の排泄にかかわる処理を専門に行う奴隷。
(自ら便器となる人間便器とは異なる。)
汚物愛好の核心を突く記述があります。
マゾヒストは、崇拝対象を排泄物と排泄動作から遠ざけることで、その高貴性を維持しようとし、これが進むと、崇拝対象の排泄物を口にすることで、「崇拝対象の体から出たものは普通の排泄物ではない、食べられる」という理論で合理化をすることになる、というものです。

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オーブリー・ビアズリー「丘の下で」

付記では「家畜人ヤプー」の肉便器セッチンについて、「ローマ世界の貴人達の到達し得た贅沢をイースの貴族達に味わせぬのでは申し訳ない」と思って、便器奴隷を源に構想したもの、としています。

第一二三章
ドミナの朝
ユウェナリスの詩から、ローマの貴婦人の、なんの咎もない女奴隷への暴虐な鞭撻について。

第一二四章
奴隷は人間なの?
引き続きユウェナリスの詩から、ローマの貴婦人の奴隷に対する扱いについて。
奴隷の処刑に慎重を期す夫に対する貴婦人の魅惑的な一句です。
あれが何もしてなくたって、命令は実行エストさせるわ。あたしはそう望むから、そう命令してるの。理由ラチオなんか要らない。妾の意志ウォルンタンスがその代わりをするわ」

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第一二五章
世紀の魔女
ナチス・ドイツのブーヘンヴァルト強制収容所の初代所長カール・コッホの妻で、「ブーヘンヴァルトの魔女」と呼ばれた悪名高い看守イルゼ・コッホについて。
戦犯裁判の法廷記録から、数々の残虐行為を紹介。
「手段化」の極北として、囚人の皮膚をなめして作った手袋、ブックカバー、ランプ・シェードが登場します。

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映画「愛を読む人」より、ケイト・ウィンスレット扮するヒロイン:ハンナ・シュミッツ。モデルはイルゼ・コッホとも。愛人の青年にプレゼントした本のカバーは…

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イルマ・グレーゼ。「ベルゼンの獣」としてイルゼ・コッホと並び称されたアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所およびベルゲン・ベルゼン強制収容所の女性看守。

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ラーフェンスブリュック強制収容所の看守ドロテア・ビンツの残虐行為を批判した風刺画。

第一二六章
ある貴婦人の道楽
ある欧州貴族の嗜虐女性サディスティンの症例報告を紹介。
夫に隠れて保養地で男性を手玉に取り、乗馬鞭で調教して「あたしの後を犬みたいに追っかけまわすようになる」まで馴致し、性的満足を得る、というもの。

第一二七章
サド女性とレスボス愛
女性のサディズムに関する精神医学者ヴィルヘルム・シュテーケルの説を紹介。
女性のサディズムの根源は、同性愛者の女性が、自分の中の男性的傾向を抑圧した結果、男性に対して嗜虐的になったものである、とするものです。
沼は奇譚クラブに寄稿していた皆川のぶ子という作家を例に、この説に賛同しています。

追記で三原寛の作品を紹介。

「嬲る」
イサベル・サマリヤ「虐待トゥルマンテ」(Tourmenter)の訳出。ヒロインのイサベルはフランス人と見違える容姿を備えたブロンドの白人混血児で、ベトナム(?)の大地主の娘。彼女が日本の某商社の現地支配人マツオの秘書になり、やがて彼を征服して奴隷化し、会社を私物化して大儲けをし、本社に発覚して彼が解任された発狂するまで二年間絞りぬく。「白人の女に対して絶対的な劣等感コンプレックス・ダンフェリオリテ・アブソリュー」をもつマツオは、イサベルに恩恵として乗馬鞭クラヴァシュで叩いてもらう(鞭の儀式)ために、何でもサインしてしまう。
沼は本作に①白人崇拝、②地位逆転、③女神と畜生との距離、④ドミナへの男性付与、⑤下部願望スクビズム、⑥鞭の種類といったモチーフが見られると賞賛しています。
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「愛人/ラマン」(1992年、英仏合作映画)より



第一二八章
鞭を揮う女賊
谷崎潤一郎が「恋愛及び色情」で取り上げた「今昔物語集」収録の説話を紹介。
男を鞭撻する強盗団の女首領の話。

第一二九章
女性の乗馬
女性が乗馬をすると、サディスティックになると説きます。
「乗馬とは支配の技術である。感情と意思と判断とを有する本来独立した高等動物の一匹を自分の意志に隷属させる技術である。轡と手綱によって馬の自発的意志を奪ってしまうのであり、鞭と拍車とによって乗馬の意志を強制的に加えるのである。全生物界を通じて生物が一個体の他の一個体に対する支配にしてこれほど徹底的に完璧なものはあるまい」
…畜化願望のなかでも「犬」とならんで「馬」がなぜこれほどマゾヒストに愛されるのかがよくわかる一節です。

付記では、「さらばアフリカアフリカ・アディオ」という記録映画を紹介。

独立後の黒人支配により荒廃していくアフリカの状況のルポで、白人支配当時の映像を用いて当時の繁栄安逸をシンボライズする場面が紹介されています。
黒人馬丁の頭上を踏み越して乗馬する白人令嬢、黒人に狐の尾を持たせて走らせ、犬と馬で狐狩り同様に追う白人騎手。
革命後、白人邸宅を略奪した黒人が、トイレの便座を取り外して首飾りにして得意になっている場面など。

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「Africa Addio」(1966年、イタリア映画)より、該当場面


第一三一〇
乗馬専門女主人に
女性乗馬を扱った短編小説として、池上信一「馬狂いの女たち」を紹介。
「調教のため」ではなく、「鬱散なため」に馬を鞭打つ女性たちが登場します。

第一三一章
乗馬専門女主人アマゾン
性科学書に掲載されている症例から、マゾヒストが職業的ドミナに送った手紙を紹介する「マゾヒストの手紙」シリーズその七。
乗り賃を(「払う」のではなく)「貰う」乗馬専門のドミナが登場。
人間便器への言及もあり、沼は次のように解釈しています。
「待ちこがれつつ口を開いて近づいてくる女主人の体臭を吸うというのは、特に神酒ネクタルに対する渇望とも読めるけれども、私はかつての体験などに微して、一般的な水分欠乏による渇きとしてここを読んでいる。つまり、便器にされて部屋の一隅に繋縛されたまま水分を与えられぬので渇き切っている。そこへようやく女主人が放尿しに近づいてくる。待ちこがれた男はもう口を開いて期待に震える…そういう場面だと思う。」
非常に臨場感のある描写ですね。

本筋ではありませんが、付記に日本の風俗史について、「幕末には開いていた異常性愛文化の頽廃の華が、維新と共にしぼんでしまい、西欧の世紀末の頽廃のムードが入って来たのはやっと昭和初年になってであったし、それも不十分なものだった」との見解があります。

第一三二章
跨がる女たち
女性乗馬の浸透と、女性上位の世相について。

第一三三章
スクビズム
スクビズムについて。
付記を含めると36ページにおよぶ、最重要章のひとつ。
こちら↓をご参照ください。

スクビズム総論

本章ではスクビズムの各類型およびその複合の仕方について、谷崎潤一郎を大量に引用して説明しています。沼の称する「正当マゾヒズム」とは、要するに谷崎潤一郎のことである、ということが本章を読めばよくわかります。
こちら↓をご参照ください。

沼正三の谷崎潤一郎論

付記では、ジョージ秋山の「ゴミムシくん」というとんでもない漫画が紹介されています。
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第一三四章
クーデンホーフ伯爵夫人
明治時代、駐日オーストリア大使グーデンホーフ伯爵と結婚して渡欧した青山光子について。
江戸町人の娘だった光子が西洋貴婦人マリア・テクラ・クーデンホーフ・カレルギ伯爵夫人に転身メタモルフォーゼするシンデレラ・ストーリー。

付記では「美しき東洋の真珠」デヴィ・スカルノ夫人にも言及。
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第一三五章
黄色い肌の犬(『肉林願望』)
宇能鴻一郎「肉林願望」を紹介。

主人公田丸は三十五歳で独身の助教授。田丸の人種としての日本人の肉体の醜さへの歎息と、白人の圧倒的に美しい肉体への賛美がつづく。日本人は白人の召使いの地位に甘んじるのが身分相応なのではないと考えることで「気持ちも安まり、悲しみのうちにも一種の甘さに似た、なつかしい感情に浸れる」という心境に至る。田丸は横浜の繁華街でプラチナ・ブロンドの白人女性:ポーラと出会う。田丸が有頂天になって話す「日本人下僕論」を聞いたポーラは、田丸を乱交パーティに招待する。パーティで田丸は全裸に首輪をつけられ、白人男女の嘲笑の中、ボルゾイ犬との犬芸を披露させられる。


このあと、沼の二次創作が続きます。

ポーラはタマルを部屋の真中に曳いて来ると、ミニ・スカートのパンティを脱いで、それをタマルの頭にかぶせて言うのだ。
「さァ、これが花嫁のヴェールの代りよ」
そう聞かされても、タマルは何のことか分からず、ポーラの大サービスを喜び、かぐわしい香りに恍惚となりながら、命令されるまま床につけた膝を曲げつつ両脚を閉じ、上半身を下げながらお尻を上げて、パンティをかぶったままの顔を絨毯に押しつける。上背部にポーラが腰を掛け、ヒップの重量でタマルの上半身を固定する。視界を奪われたタマルは、感触と四方から降る嘲笑で自分が雄犬に肛門を犯されていることを悟る。ポーラが男に誘われて去り、背中の圧迫がなくなる。皆は彼を忘れた。しかしタマルは動かない。動けない。呪縛されたように。あきらめの快感に全身が虚脱されてゆく…


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映画「嘆きの天使ザ・ブルー・エンジェル」より、メイ・ブリット。スウェーデン出身、身長一七〇センチ、髪プラチナブロンド、瞳ブルー・グレイ。

さらに付記では、南村蘭の連作「金髪美少女クララさま」「金髪パーティ」を紹介。

大学助教授の田丸は、米国留学中不良少女クララに夢中になる。少女は彼の白人女性崇拝という弱点を見抜いて彼に金を貢がせて男女の友人を呼び集め、彼を共同のメイドにして家事奉仕させ、余興をさせる。唯一の報酬は彼女の穿き脱ぎのパンティである。乱交パーティでは男と交わった後のクララから、「お前、あたしを犬の代わりにお舐め」と命令される。



第一三六章
魔女が島(『ユリシーズ』)
ジェームス・ジョイスをマゾヒストであると断定し、二十世紀文学の金字塔と言われる「ユリシ-ズ」の第十五挿話「キルケ」から、スクビズムに関する場面を紹介しています。
沼はこの第十五挿話をマゾ文学としても最高の作品である、と評価していますが、訳文を読んでもやはり相当に難解です。
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マリー・ケンドル扮するマーヴィン・トールボイズ夫人
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コメント

さらばアフリカ

関連画像の収集が素晴らしいですね。「さらばアフリカ」は大昔に見ましたが、このシーンは記憶に残っていませんでした。騎乗した白人女性の凛々しさに胸打たれます。振り回した乗馬靴が馬丁の顔に当たったら、よけられなかった不手際を責められて打擲されるのでしょうか。あるいはその無様さを、彼女のお友達たちと一緒に嘲笑されるのでしょうか。夢が膨らむ一場面です。

鳥尾さん

いつもコメントありがとうございます!

フェイク・ドキュメタリーというべきか、プロパガンダというべきか、訳がわからないけどすごくインプレッシブで美しい映画ですね。
黒人馬丁が騎乗の主を魅惑されたように見上げる表情も好きです。

この農園ではたくさんの黒人が無数の馬、犬、豚、ガチョウなどの家畜と一緒に白人農園主に飼われていて、私には「マイクロ・イース」ともいうべき理想郷に見えました。

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